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澄香も、大剛も、巧磨も、皆チューニングや楽譜の確認にかかりきりで、一人早く準備を終えた妃亜乃は手持ち無沙汰になってしまった。無邪気なふりをして、声をかける。
「ねぇねぇ、練習終わったらさ、四人でマックでも食べに行こうよ」
一番に反応を返したのは、澄香だった。楽譜とのにらめっこをやめて、振り返る。
「妃亜乃、文化祭まであと一か月しかないんだよ。それに四曲やる予定なのに、まだ二曲しか合わせられてないじゃん。もっと集中して練習しようよ」
「まぁまぁ、澄香。そんなに気張り続けたら疲れちゃうでしょ。あと一か月もあるんだしなんとかなるよ。それにバンド内の親睦を深めるのも、悪くないんじゃない? 山藤くんも、丘萩くんも、そう思うよね?」
妃亜乃は二人を巻き込んでいく。巧磨が「俺は別にいいけど」と同意すると、大剛もこくりと頷いた。
「ほら、二人もいいって。どうする澄香? 三対一だよ」
妃亜乃が目を輝かせると、澄香は観念したように息を吐いた。
「分かったよ。でも、今は練習に集中しよ。あと一五分しかないから」
そう少しの恥ずかしさを持って告げるから、妃亜乃はこの友人を嫌いになることはできない。
大きく頷いて、自分で自分の手を握った。
「じゃあ、やろう」
澄香の言葉を合図に三人が姿勢を正して、視聴覚室には一瞬だけピンとした空気が張り詰める。
無言になったのを確認して、澄香がイントロのベースを弾き始めた。大剛のドラムが合わさる。
妃亜乃は静かに息を吸って、歌い始める。景色が透き通る心地を感じた。
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