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「でも、私たちが楽しければそれでよくない? 澄香はさ、ステージ賞とか狙ってるの?」
「別に狙ってないけど、でもちゃんとやろうよ」
「私は今でも『ちゃんと』やってるつもりだよ。楽譜だってちゃんと覚えてきたじゃん」
妃亜乃はあくまで強気な姿勢を崩さない。
「そうだよ、川辺。俺たちは俺たちなりにちゃんとやってんじゃねぇか。人にはそれぞれ、ペースってもんがあんだよ」
スマホを見つめ続けていた巧磨が、妃亜乃の肩を持つ。妃亜乃はそんな巧磨に目をくれることもなく、目線で澄香を説得しようと試みる。
澄香は一つため息をついてから、フライドポテトに手を伸ばした。
店内はほとんどひっきりなしに人の出入りが続いている。喧噪の中に、妃亜乃たちの高校とは違う制服も見える。
「とにかく、私たちにはまだまだ練習が足りてないから。大剛、今度の日曜、スタジオ空いてるよね?」
「ああ、昼の二時からなら空いてる」
澄香の呼びかけに大剛が体のいい返事で応じる。大剛の家はハウススタジオを経営していて、軽音楽部はよくお世話になっていた。特に本番が近くなると、夜を徹して練習するバンドもあるという。
妃亜乃には、その感覚がいまいち分からない。
「じゃあ、そこで入れといて。二時間ぐらい。妃亜乃も大剛もちゃんと来てね。あと、やりたい曲もそこまでに考えといて。なかったら私が決めるから」
妃亜乃と巧磨は曖昧に頷いた。別に予定があるわけではないし、中間テストはなるようになる。断る理由もない。
妃亜乃はフライドポテトをつまみながら、ぼんやりと正面の大剛を見る。
巧磨とYoutuberの話題で盛り上がっていて、ネクタイを外して第一ボタンを開けた首元が、やけに涼しそうに見えた。
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