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妃亜乃と大剛は駅前の商店街を歩いていた。夜風が頬に当たる。最近は半袖ではいられなくなってきた。
澄香と巧磨は電車通学なので、夕食を食べ終わると、早々に駅に消えていった。
屋根に覆われて、チェーン店の明かりが瞬く商店街は賑やかだけれど、どこか空回りしているように妃亜乃には思えた。
二人は並んで歩く。妃亜乃が右手に持ったキーボードケースが、夜の空気をかき回している。
「キーボード重くない? よかったら俺が持とうか?」
カバンのみで身軽な大剛が聞いてくる。上から降ってくる恩寵みたいな声に、妃亜乃はかぶりを振った。
「大丈夫。このキーボードそんなに重くないし。自分のものは自分で持つよ」
「そっか」と言ったまま二人は黙ってしまった。革靴でタイルを踏みしめているけれど、雲の上を歩いているみたいだと、妃亜乃は感じていた。
商店街の出口が一歩ごとに、近づいてきている。
秋の空気は過ごしやすいけれど、大事なものも隠しているようでもある。
「ねぇ、山藤くん。私さ、猫飼ってるじゃん」
そんなどうでもいいことを妃亜乃が言ってしまったのは、ちっぽけな自分たちに耐えられなかったのかもしれない。
大剛は妃亜乃の方を向かず、まっすぐ前を向いていた。
「ああ、ミルのこと?」
「そう、ミル。そのミルがね、昨日寝ているときに私のもとにすり寄ってきて。猫なのに警戒心ゼロなんだよ。おかしいよね」
「確かにおかしいな。野良猫ならたまに見るけど、すぐどっか行っちゃうもんな。海瀬さんはさ、動物好きなの?」
「うん、動物なら何でも好き。そこの公園の動物園にもたまに行ってる。山藤くんは動物好き?」
「俺はちょっと苦手かな。小学生のときに近所の犬に足を噛まれたことあってさ。そこから苦手になった」
「そうなんだ……」
妃亜乃は大剛から目を逸らしてしまう。制服を着た男女が仲良く話しながら、手を握って歩いていくのが見えた。
妃亜乃は思わず振り返る。自分たちの高校の制服ではないことに、少しだけ安堵した。
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