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「なぁ、ちょっと聞いていい?」と大剛が言う。妃亜乃の背筋に緊張が走る。
「海瀬さんはさ、俺のドラムどう思ってる? 俺さ、なかなか上手くならずに、練習でも止めてばかりじゃん。迷惑なんじゃないかって」
大剛の眼差しに、夜みたいな影が混ざる。妃亜乃は励ますように口にした。
「いや、全然迷惑になんか思ってないよ。山藤くんなりに一生懸命やってるのは伝わってくるし。それに私だって、まだ完璧に覚えられているわけじゃないし、お互いさまだよ。きっと何とかなるって」
大剛の表情に、かすかな光が取り戻されたように妃亜乃には見えた。それがまるで自分のことのように嬉しい。
いつの間にか商店街は通り抜けてしまっていて、目の前には横断歩道が見えていた。
「ありがとな。元気出た。俺、頑張るわ。じゃ、また明日な」
「うん、また明日」
妃亜乃と大剛の家は逆方向にあるので、ここで別れなければならない。同じクラスで半日もすればまた会えるというのに、妃亜乃は離れていく大剛の後ろ姿から目を離せなかった。
シャツの裾をぴっちり入れているのが山藤くんらしい。
そんなことを考えているうちに、歩行者信号は点滅していて、妃亜乃は急いで横断歩道を渡った。
キーボードケースにつけられたリスのキーホルダーが、激しく揺れていた。
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