カロン

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 南口を出ると、一〇月とは思えない強烈な日が差して、妃亜乃は思わず目を細めた。いつ見回してみてもここは人通りが多くて、新宿や渋谷ほどではないけれど、自分が波に飲み込まれてしまうように思える。  立ち止まる妃亜乃を、何人もの人が追い抜いていく。今日は日曜日だ。マルイではクリアランスセールをしているらしい。  妃亜乃は息を一つ吸い込むと、左へと歩き始めた。大剛の両親が所有しているスタジオへは、駅から五分ほど歩かなければならない。  すれ違う人たちは、誰も彼も立派に見える。だが、妃亜乃はその中に、見知った顔を見つけた。  灰色のギターケースを背負った巧磨が、妃亜乃とは反対側を歩いていたのだ。耳にはワイヤレスのイヤフォンをつけている。妃亜乃にも、彼女が持つキーボードケースにも、全く気付いていない様子だった。  妃亜乃は走り寄っていく。巧磨は目の前に突然現れた妃亜乃にも全く動じず、イヤフォンをゆっくりと外した。 「丘萩くんじゃん。何聴いてんの?」 「今はスピッツ聴いてた。ほら、今度新しいアルバム出るじゃん。その予習じゃないけど、最近はよく聴いてる」  そういえば丘萩くんは、高一のときにスピッツのコピーバンドをしてたなと、妃亜乃はふと思い出す。歌はあまり上手くなかったけれど、ギターはほとんど完璧に弾けていたなとも。 「そっか。でもこれから練習でしょ。スタジオは逆方向だよ。どこ行こうとしてたの?」 「別に。飯食おうと思ってただけだよ。まだ時間までは三〇分以上あるし」 「へぇ、何食べようとしてたの?」 「ラーメンか、牛丼。着いてから決めようと思ってた」 「そっか、実は私もご飯食べてないんだ。一緒についていっていい?」  そう妃亜乃が言うと、巧磨は一瞬目を見開いて、頭を掻いた。  ワックスでしっかり固められた髪の毛はどれほどかき回しても、あまり乱れない。 「嫌?」 「いや、別にいいよ。行こっか」  素っ気なく告げて、巧磨はまた歩き出す。  妃亜乃は、小さい影を踏むようにして、その後ろをついていった。
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