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冷たい風に吹かれた雲間から、満月が静かに顔を出す。カラカラ、と音がして、俺は振り向いた。父親が窓を開けたのかと思ったがそうじゃない。見回すと、道向かいのマンションのベランダに人影があった。
「茶髪ボブ……」
三階のベランダに出てきたのは、以前お参りに来た若い女だ。こっちに顔を向け、眉間にシワを寄せている。俺と狐舞喜は人間には見えない。でもあの位置からなら、月明かりに照らされた夢叶の背中が見えるはずだ。
頼む! 気づいてくれ! お前の願いにも後で札つけてやるから!
期待で息をつめる俺に、茶髪ボブはくるりと背を向けた。寒そうに首をすくめ、外に出していた植物の鉢を抱えてそそくさと部屋に戻っていく。窓の閉まる音が、希望を打ち砕いた。
「マジかよ……」
札一枚じゃ、この絶望的な状況を打開できねぇんだ。
俺は夢叶の母親の雰囲気を手繰り寄せながら、袂から古い短冊を探し出した。
『夢叶の人生が幸せでありますように』
『この子がいつも笑顔でいられますように』
今は亡き母親が残した願い。
きっと助けられる、そう思って懐に手を入れる。そしてその心許ない感触に、ザッと血の気が引いた。
札が、無ぇ……
動転して忘れてた。さっきのが、今年最後の一枚だったんだ。
「なんでだよ……」
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