海の女王

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12 別れのとき 「じゃあ、女王さまのところへもどろう。階段や橋やほら穴を行くのは時間がかかりそうだけど、できるだけ急ごう」  龍男がいいました。  すると、洋子がいいました。 「あのね、わたし泳げるわよ。力も強いわ。だから、この子、バーフィちゃんっていうんだけど、この子がだれかひとりを運んで、あたしが残りのふたりを背中に乗せていけば、水の中を一気に泳いで女王さまのところへもどれるんじゃないかしら。翠ちゃんたちは、わたしがこわいだろうけど、竜太くんともうひとり、わたしといっしょに行ってくれないかしら?」 「じゃあ、おれが行こうか?」  龍男がいいました。 「ううん。あたしが洋子ちゃんと行くわ。女の子どうし、話があうと思うの。いろいろ話がしたいわ」  洋子が顔をかがやかせました。 「本当に? うれしいわ! じゃあ、龍男くんと翠ちゃんを運ぶわね。あのね、かみの毛のヘビ、わたしがその気にならなければ、絶対にかんだりしないから、だいじょうぶよ。頭にペッタリくっつけておくわね」  そこで、達男と翠は洋子の背中に乗りました。うつぶせになって、手と足でしっかり洋子の体をはさみました。ヘビは洋子の頭にくっついたままで、まったく動きません。ふたりも背中に乗せているので、洋子はそんなに速くは泳げませんでしたが、翠が前のほうに乗って、ふたりは楽しそうにおしゃべりしながら進みました。いっぽう、竜太はバーフィの足を持って、運んでもらっています。  そうして、氷の階段とにじの橋の上をすぎ、五つの鏡のドアがあるがけも、広い平原も、行きよりずっと早く通りすぎました。ついに、女王の城が見えてきました。何日か前に出ていったとびらが、スッとこちらにむかって開きました。そして、そこに女王が立っていました。竜太と洋子もいるのを見て、少しおどろいたようでしたが、動じることなく、その場でみんながつくのを待っていました。  女王の前にみんなはおりたちました。  竜太が前に出て、頭をさげました。 「女王さま、ごめんなさい。ぼくたち、道をはずれて、失敗してしまいました。木の実を持ち帰らないで、ごめんなさい。もどるのに百年もかかってしまって、ごめんなさい。どうか、ぼくたちの話を聞いてください」  龍男が竜太の前に出て、いいました。 「ちょっと待って。先に、女王さまに木の実をわたさないと」  そういって、金色の木の実を女王にさしだしました。 「ありがとう。よくやってくれました」  女王は両手で木の実を受けとると、キラキラかがやく実をしばらく見つめていました。それから、ひと口かじりました。上をむいて飲みこむと、上から下へ、黒っぽいよごれのようなものが流れおちていきました。さらにもうひと口かじると、顔もドレスも真っ白になり、まわりの水まですんできました。最後まで食べおわったときには、全身がキラキラひかり、遠くへどんどん光が広がっていきます。海の水がかがやき、前よりすきとおっています。 「ああ、力がみなぎってきました。これで、海を守れそうです」  女王は龍男と翠にかがやく笑顔を見せました。それから、竜太のほうをむきました。 「では、その少年の話を聞きましょう。あなたたちは竜太と洋子ですね。おぼえていますよ。おかえりなさい。ようやく、正しい道にもどれましたね」 「ごめんなさい! ぼくは百年前に、女王さまから浄化の木の実をとってくるよう申しつかったのに、失敗しました。しかも、勝手に木の実を食べてしまいました。そして、長く生きてきましたが、あまり幸せではありませんでした。家族にも会えなくて、つらかったです。」  竜太が、頭をさげました。  すると、洋子が口を開きました。 「ちがうんです。わたしのせいなんです。わたしがトカゲの化け物にかまれて、化け物にかわるのがいやで、浄化の木の実を食べちゃったんです。しかも、ひとりになるのがいやだったから、竜太くんにも食べてってたのんだんです。竜太くんは悪くないんです。わたしはその上、木の実でえた力を勝手に使いました。すっかり女王さまになったつもりでいたんです。そして、竜太くんにいばりちらしました。ひどいことをしたと思っています。竜太くんにも、女王さまにもあやまります。ごめんなさい」 「わかりました。ふたりとも、つらい思いをしましたね。すなおになった、今のその気持ちを忘れてはいけませんよ。もうじゅうぶん苦しんだことと思います。このままの生き方をしても、幸せではないとわかったのですね。木の実を食べた人間は、人間ではなくなってしまいます。かといって、本物の海の女王になれるわけでもありません。何者でもないものになってしまうのです。本当の自分をうしなってしまうのです」 「ぼくたちは道をまちがえてしまったんですね。本当にごめんなさい。ぼく、地上に帰りたい。でももう、帰ってもだれもいないんですよね? あのころに、もどることはできないでしょうか?」  竜太がききました。 「残念ながら、あなたたちをあのころにもどすほどの力は、わたしにはありません。あなたたちが通った光の道は、もう消えてしまっているのですから。それに、あなたたちの人間としての時は、とっくにつきています。あなたたちが食べた木の実の力も、つきようとしています。でも、あたえられた時を最後まで生きぬいたあなたたちは、新しく生きなおすことができます。すべての生き物は、完全に消えることはありません。あたえられた命をまっとうすれば、生きているあいだに心にきざみつけられた思いは、永遠に残るのです。もう一度、一からやりなおしてみませんか?」  女王がいいました。 「どういう意味ですか?」  洋子がききました。 「ここは、命のみなもとの海です。この海にとけて、やがて、目に見えないほどの小さな小さな生き物となり、消えては生まれ、また消えては生まれをくりかえすうちに、もっと大きな生き物にかわっていくでしょう。人間になる日もくるかもしれません。はてしない時を生きなおしませんか? ほかのすべての命ととけあって、新しいものになるのです。すべてのものがそうであるように、心にきざまれた大切なことを積み重ねていって、よりよいものへと進化していくのです。あなたたちがここで学んだことは、あなたたちの心に宝となって残るでしょう。この世にむだなことなど、なにひとつありません」  竜太と洋子は泣いていました。  女王はふたりに近づいて、やさしくだきしめました。 「よく生きてきました。つらかったですね。これからも、なにがあっても、正しい道を進むのですよ。生きていれば、正しい道にもどれます」  ふたりは女王の胸に顔をうずめて泣きました。 「ああ、もうすぐ時がきます。あなたたちの幸せな未来を願っていますよ。いつかまた、会える日がくるでしょう」  竜太と洋子は女王からはなれて、龍男と翠に近づいてきました。 「ありがとう、さようなら。最後にあなたといろいろ話せて、楽しかったわ」  洋子が翠にいいました。  翠は洋子の頭をだきしめました。 「こわい思いをさせてごめん。元気でね」  竜太が龍男にいいました。  ふたりはあくしゅをしました。  竜太と洋子の体がだんだんすけてきました。少しずつ海にとけて、小さなあわになって、やがてなにも見えなくなりました。 「ありがとう、さようなら」  龍男と翠がいいました。ふたりも少し泣いていました。  しばらくすると、女王は龍男と翠のほうをむきました。 「あなたたちには、まだたくさんの時間があります。どうか、海を、地球を守ってください。浄化の木の実にも、わたしの力にも限界があります。これ以上のスピードで海がよごれていったら、浄化することはできなくなります。そうしたら、海はくさって死んでしまうかもしれません。海はすべての命のみなもと。だから、海が死ねば、生きのこれる生き物は少ないでしょう。海を、山を、自然を守るために、力をつくしてください。では、こちらへいらっしゃい。地上に帰りましょう。あなたたちがここへくる前の時間にもどりますよ」  女王が龍男と翠のほうへ手をのばしました。ふたりは女王の手をとりました。  目の前に光の道ができていました。くるとき通った光の道を、すごいスピードでもどっているようです。龍男も翠も目をとじました。しばらくして、そうっと目をあけてみると、元の砂浜にいました。海の上には、まだ光の道があります。 「ふたりとも、ありがとう。女王さま、ありがとうございました」  竜太と洋子の声が聞こえた気がしました。聞こえたというより、頭の中でひびいたのです。  龍男と翠はどっとつかれが出て、なんだかねむくなってきました。  女王がなにかいっているのを、ぼうっとした頭で聞いていました。 「これは海を愛するもののしるし。つらいとき、苦しいとき、こまったとき、これをにぎりしめれば、勇気と力がわき、どうするべきかが、おのずとわかるでしょう」  女王が、龍男と翠の右手を、順番にぎゅっとにぎりしめました。右のてのひらが、いっしゅんチクリとしました。それから、全身があたたかい光につつまれました。 「なんてあたたかくて、気持ちがいいんだろう」  ふと気がつくと、龍男は朝の光につつまれて、あたたかいふとんの中にいました。いつのまにか、ねむってしまっていたようです。右手を開いて、てのひらを見ると、真ん中がダイヤモンドのようにキラキラひかっています。海の世界を知るものにしか見えない、ふしぎな光を手にいれたのでした。  海の世界に何日もいたはずなのに、こちらでは、ひとばんしかたっていませんでした。いつもと同じ朝です。元気に起きあがると、おかあさんのつくってくれた朝ごはんを食べに、ダイニングへおりていきました。 「かあちゃん、おはよう。とうちゃんが帰ってくるの、あさってだな。早く会いたい。やっぱり、とうちゃんがいないとさびしいや。帰ってきたら、いっぱい遊んでもらうんだ」 「おや、めずらしいねえ。龍男がさびしいなんていうの。あさって、いっぱいとうちゃんにあまえな。とうちゃんもよろこぶよ」 「そうかなあ?」 「そうだよ。親ってそんなものさ。たまには、かあちゃんにも、あまえていいんだよ」 「うん、わかった」  朝ごはんを食べおわると、学校へ行きました。学校につくと、翠はもうきていました。クラスの子たちと楽しそうに話をしています。 「あ、龍男くん、おはよう。みんなと友だちになったのよ」  翠がうれしそうに龍男にいいました。それから、ふたりは顔を見あわせてにっこりすると、おたがいに右のてのひらを見せました。  ふたりとも、てのひらの中心がキラキラしています。この光を見るたびに、海の女王と海でのできごとを思いだすでしょう。そして、この光をにぎりしめれば、この先どんなことがあっても、決してくじけることなく、正しい道を見いだして進んでいけるでしょう。いつまでも、海と自然を愛しながら。 (おわり)
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