海の女王

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10 少年の秘密  龍男は身を低くして階段にしがみつき、目をとじて歯をくいしばりました。  なにも起きません。少年がふざけただけなのかなと思って、目をあけて、ゆっくり顔をあげました。  翠が後ろから、少年のこしをつかんでいました。 「やめて! そんなことしちゃだめ!」  龍男は心を落ち着けるために、深呼吸をひとつしました。 「どうして、ぼくがじゃまなの?」 「ぼくは、きみたちを百年も待ってたんだ。女の子とふたりじゃないと、浄化の木の実のところへ連れていってもらえないし、木の実をもぎとることもできないから。今度こそ、翠ちゃんと木の実をとってもどりたいんだ!」 「どういうことだよ?」  龍男は、「翠のパートナーはおれだ!」とさけびたいのをこらえてききました。本当は、少年をなぐりたいくらいおこっていました。でも、ここでけんかをするのは危険です。ぐっとがまんしました。 「ぼくは……ぼくたちは、百年前に、女王さまに浄化の木の実をとってくるようにいわれて……でも、失敗したんだ。だから、今度こそ、浄化の木の実を女王さまに持っていって、百年前のことをあやまって、地上に帰してもらうんだ」 「失敗したって、どうしたの? よかったら、話してくれない?」  翠がやさしくききました。 「ぼくが木の実を食べちゃったんだ。あの、にせ女王にだまされたんだよ! ぼくと洋子ちゃんも、海の女王さまから浄化の木の実をとってくるようにいわれて、あの鏡のドアが五つある部屋へついたんだ。それで、一番右のドアの前に立って、入ろうかどうしようか迷っていた。すると洋子ちゃんたら、鏡のぼくのほうがハンサムですてきだっていうんだよ! ぼく、くやしくて……。洋子ちゃんだって、鏡にうつっているほうが顔立ちはきれいだったけど、ぼくはなにもいわなかった。ぼくにとっては、本物の洋子ちゃんのほうがすてきだったから……」 「まあ! あなた、その子のことが好きだったのね?」  翠がききました。  少年は少しほおをそめて、うなずきました。 「それで、とにかく順番にドアの中を見てみようということになって、最初に、一番右のドアをあけて入ってみたんだ。最初は真っ暗だったけど、しばらく進むと、広くて明るい場所に出た。色とりどりの明かりでかざられた、きれいな部屋だったけど、そこで行きどまりだった。奥には大きな鏡が一枚あって、その前に立つと、りっぱな服をきた、とてもきれいなぼくたちの姿がうつった。鏡の中のぼくを、洋子ちゃんがうっとりと見つめたんだ。本物のぼくはどろだらけだったから、なんだかとてもみじめな気持だった。  二番目のドアを入っていったら、あのにせ女王がいた。自分が本物の女王だから、助けてくれといって、おかしや飲み物をくれた。そのときは、にせ女王がすごくやさしかったし、おいしいものをたくさんくれたから、あの女のいうことを信じてしまったんだ。ぼくたち、ふたりともあそこの食べ物を食べてしまったから。あの女がだす食べ物を食べると、頭がぼうっとなって、きちんと考えることができなくなって、あの女のいうことが正しいように思えてくるんだ  それで、左から二番目、右から四番目のドアから入っていけば、浄化の木の実のあるところへ行けるって教えてくれたんだ。そして、その木の実を食べると美しくなれるし、ずっと若くて元気でいられるし、死ぬこともなくなって、楽しくくらせるっていわれて……。ぼく、洋子ちゃんにすかれたくて、どうしても、浄化の木の実を食べたくなっちゃったんだ。洋子ちゃんも、美人になれるといわれて、目をかがやかせていた。それで、木の実があるところについたとき、たったひとつしかない浄化の木の実をふたりでもいで、ぼくはそれをかじったんだ」 「女の子のほうはどうしたの?」 「ぼくが木の実をかじって、体から光を発するのを見ると、われに返ったようだった。青い顔をして、泣きだしちゃって……。ぼくが半分あげるっていっても、食べようとしなかった。くやしくて、ぼくはひとりでぜんぶ食べてやった。せっかくきれいになったのに、ぜんぜんぼくを見てくれなかったもんだから、もっときれいになりたくて……。すると、洋子ちゃんはひとりでにげちゃったんだ。きっと、家にもどったんだろうな。ぼくも帰りたい。家族や友だちに会いたいんだ! でも、もうみんな死んじゃったんだよね? ぼくだけが生きのこっているんだ。  そのあと、どうしようもなくて、自力でにせ女王のところにもどった。ひとりぼっちはいやだったから。でも、めしつかいのようにこき使われるし、ここには友だちもいないし、もう、つらくてつらくて、地上に帰りたくてたまらないんだ」  翠は少年をつかんでいた手をはなしました。 「そう……。つらかったのね。でも、今回、女王さまにたのまれたのはあたしたちだから、あなたが木の実を持っていってもだめだと思うわ。それより、正直に女王さまにすべてを話して、あやまるほうがいいと思うの。そして、地上に帰してくださいってお願いしてみたら? だから、とりあえず今は、あたしたちが木の実をとるのに協力して。そしたら、あなたが地上に帰れるように、あたしたちも女王さまにお願いしてあげるから」  少年はしばらく足元を見つめていました。それから、小さな小さな声でききました。 「本当に、助けてくれるの? こんなぼくを……」 「ええ、もちろんよ! 百年もひとりでいたなんて、つらかったわよね。地上にもどったら、あたしたちがお友だちになってあげるわ。名前を教えてくれる?」 「竜(りゅう)太(た)」  そこへ、龍男が口をはさみました。 「その前に、おれにあやまってほしいな。殺されそうになったんだから。あと、翠ちゃんはおれのパートナーだ。それを忘れるな。そうすれば、おれも友だちになってやる。」 「そうだね。ごめん。もう、あんなことはしないよ。じゃあ、あと少しだから、足をすべらせないように。友だちになってくれるっていってくれて、ありがとう」  竜太は前をむくと、うでで目をぬぐいました。それから、横をむいてポソッとつぶやきました。 「ずっと、さびしかったんだ。おとうさんもおかあさんも死んじゃってるだろうし、本当は友だちがほしかったんだ」  つらい思いをしてきたのね。かわいそうに。それにしても龍男くんたら、「翠ちゃんはおれのパートナーだ」だなんて。  翠は下をむいて、ウフッと笑いました。  それから三人は、また階段をのぼっていきました。つかれきって、やっとのことで一番上までつきましたが、まだまだゴールではありません。また広い平原があって、先のほうに高い山が見えます。でも、女王のお城を出たばかりのときより、ずっと近づいています。  山は、近づくにつれてどんどん大きくなってきました。すぐ前までくると、あまりにも高くて、頂上が見えないくらいでした。目の前にあるのは、ただの急ながけです。その真ん中に、白いものがあります。滝のようです。海の中で水が落ちている――なんともふしぎな光景です。がけはほぼ垂直で、とてものぼれそうにありません。  ええと、みちびきの言葉ではどうするんだったっけ。  ここまでくるのにいっしょうけんめいで、龍男も翠も、しばらくみちびきの言葉と暗号をくりかえすのを忘れていました。龍男はみちびきの言葉を思いだしてみました。  ええと、……にじの橋……のつぎが、氷の階段、のぼりきれ……で、そうだ、「暗号いって、滝をあがり、ふたりで、木の実をその手に」だった!  暗号をいうと、どうなるんだろう? 「翠ちゃん、暗号をいってみよう!」  龍男がいいました。 「わかったわ。ちょっと待ってね。思いだすから」  翠はぶつぶつと、暗号を心の中でくりかえしました。それから、声にだしていいはじめました。   われら海を愛する   われら植物を愛する(えーと)   われら……生き物を愛する(だっけ?)  でも、そこで、だまってしまいました。  すると、そのあとを龍男が続けました。   水と植物と動物を守るため   海の女王から申しつかった  そして、最後は龍男と翠、ふたりで声をあわせていいました。   大切な使命をはたさせよ  すると、ゴオ――と大きな音がして、上からものすごい水圧がかかってきました。 「ウワー!」 「キャー!」  龍男と翠が同時に悲鳴をあげました。大きな竜の顔が上からふたりに近づいてきます。顔だけで、子どもたちの体くらいあります。 「おまえたちは何者だ?」 「ぼくたちは、女王さまにたのまれて、浄化の木の実をとりにいこうとしています。ぼくたちが滝をあがるのを助けてくれませんか?」 「いいだろう。だが、そっちの少年はなんだ? 使命をはたすのは、少年と少女ひとりずつのはずだ」 「あたしたちの大切なお友だちなの。いっしょに連れていってはだめ?」 「だめだ! 浄化の木の実は大切なもの。その神聖な実がなる場所へ、関係のないものを入れるわけにはいかぬ」  翠は竜太のほうをむいていいました。 「じゃあ、ここで待っていて。きっと、もどってくるから。そして、いっしょに女王さまのところへ帰りましょう」  竜太は両手のこぶしをにぎりしめ、くちびるかみました。でも、小さくうなずくと、少しひきつった顔で、むりに笑顔をつくっていいました。 「百年待ったんだ。あと少し待つくらい、なんでもないよ。それに……大切なお友だちっていってくれて、うれしかった。ここで待ってるからね。今度こそ、女王さまに木の実をとどけよう」 「では、使命をおっているふたりは、わしの首に乗れ。うつぶせになって、この角をしっかりつかむがいい。一気にがけをあがるぞ」  竜が頭を下におろしました。龍男はびくびくしながらも、そーっと竜の首の上にまたがりました。そして、頭を低くして、両手でしっかり竜の角をつかみました。なんだか不安定です。足とひじで竜の首をしっかりはさんでいるしかありません。 「翠ちゃん、おれの後ろに乗って、おれのこしにしっかりつかまってて。あと、ひざに力をいれて、竜の体をしっかりはさむといいよ」  翠も龍男の後ろに乗って、龍男のこしをつかみました。 「いいか? いくぞ」 「ウワーー!」  龍男は思わず声をあげてしまいました。竜がすごい勢いで滝をあがっていきます。顔に水圧がかかって、苦しくなってきました。翠が龍男にぎゅっとしがみつきました。  ふたりは目を固くとじました。  苦しいー。もう、だめだ。  そう思ったとき、竜がいいました。 「おまえたち、やけに重いな。いったいなにをかかえているんだ?」 「え? なにも持ってないけど?」 「あたしもよ」 「さあ、ここで流していくんだ」  すると、そんなつもりはないのに、龍男の口が勝手に動いて、言葉があふれてきました。 「とうちゃんは漁師で家にいないことが多いから、おれがかあちゃんを守らなきゃって、いつも思ってたんだ。とうちゃんみたいに強くならなきゃって、気をはりつづけていた。でも、本当は、おれもだれかにあまえたい」  つぎは、翠の口が開きました。 「おとうさんがいなくなって、おかあさんだって悲しいはずなのに、無理してあたしをはげましてくれた。おかあさんは仕事もしなきゃならなくて大変なんだから、あたしもがんばらなきゃって、自分にいいきかせつづけてた。でも、おとうさんがいないのはさびしい」 「わしがその重荷を受けとる。海の仲間がおまえたちをいつも見守っているから、安心してよい。つらくなったら、いつでも海を見ろ。きっと、海のエネルギーをもらえるぞ」  龍男と翠のほおを、なみだがとめどもなく流れました。それとともに、心の重荷も流れていきました。  そうだな。無理をしてもしかたない。気おわないで、すなおになろう。できることをすればいいんだ。  気をはりすぎていたかもしれない。おかあさんと助けあって、ここで楽しく、くらしていこう。  ふたりの心の重荷が後ろへ流れさっていったようです。そして、とても楽になりました。 「それでいい。さあ、ついたぞ。おりろ」  おそるおそる目をあけて、ふたりは地面におりたちました。 「帰りは、あの滝をとびおりろ。ケガしたりはしないから」  そういうと、竜はどこかへ姿を消しました。
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