海の女王

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11 正しい道  少し先に、白いさくが見えます。小さな丘を、さくがぐるりとかこっています。丘の上には、一本だけ木がはえていました。龍男と翠は、どちらからともなく手をつなぎました。空気がはりつめていて、なんとなくこわい気がしたのです。ふたりが近づくと、さくは音もなく内側に開きました。  直径五メートルくらいの円形の場所です。その真ん中に、木は立っていました。木といっても、太い幹はなくて、ツツジのように細い枝だけの低木です。高さは一メートルくらいで、ハート型の葉がおいしげり、全体がドームのようにまるくなっています。葉の中で、ひかるものがありました。近づくと、五センチくらいのしずくの形をした実がなっているのがわかりました。ガラスのようにすきとおっていて、七色の光をはなつ宝石のような実です。 「これが浄化の木の実だな。ついに、ここまできたんだ!」  龍男は胸がいっぱいになりました。そして、翠と目をあわせると、ふたりいっしょに、その実に手をのばしました。ふたりで手をふれると、その実は銀色にかがやきだしました。実をこわさないように、よく気をつけてもぎとりました。もぎとると、金色にかわっていました。手にずっしりと重みを感じます。  ふたりは胸がじーんと熱くなりました。うれしくて、しばらくだまってその実を見つめていました。 「さて、竜太のところへもどるか。この実を落とさないように、気をつけないとな」  龍男は木の実をそっと胸にいだいて、翠といっしょに元きた道をもどっていきました。そして、滝のふちに立つと、下をのぞきこみました。一番下は見えません。何メートルあるのか想像もつきません。滝の白いすじと、そのまわりに白いもやがかかっているのが見えるだけです。 「ここをとびおりるの? ほんとにだいじょうぶなのかしら?」  翠が心配そうな声をだしました。 「竜がケガしないっていうんだから、きっと、だいじょうぶだ。手をつないで、いっしょにとびおりよう」  龍男もこわかったのですが、翠をこわがらせないために、平気なふりをしました。  ふたりで手をつないで、もう一度下を見ました。いくら目をこらしても、滝の終わりは見えません。白いもやがたちこめ、下のほうは真っ黒です。すいこまれてしまいそうです。 「足からとびおりたほうがいいんだろうな。じゃあ、行こうか……。一、二の三で行くぞ。いいか?」  龍男も足がふるえていましたが、翠の手を強くにぎって、滝のはしに近づきました。そして、目をとじると、心を決めました。 「じゃあ、一、二の三」  ふたりとも目をとじたまま、思いっきり前にとびだしました。 「あれ?」 「あら?」  すごいスピードで下に落ちていくと思っていたのに、軽い羽根のように、ゆっくりフワフワと下へまいおりていくのです。 「わー、気持ちいいー!」  翠がうれしそうな声をあげました。そうです。まるで、フカフカの綿にでもつつまれているみたいでした。 「自由に体を動かせるぞ!」  龍男は体を前にのりだして、足を後ろにつきだし、木の実を持っていないほうの手を横にのばして、飛行機のようなかっこうをしました。それから、ぐるりと体をまわすと、あおむけになりました。 「ねっころがったまま、おりられるんだ」  龍男がそういうと、翠もまねをしました。あおむけにねころがったあと、横むきにねてみました。ベッドに横になっているみたいに楽でした。  そうして、ふたりは思いがけず、楽しい時をすごしました。でも、ついに地面につきました。地面におりたって、あたりを見まわすと、竜太が滝のすぐ横で、ひざをかかえてすわっていました。下をむいているので、顔は見えません。 「ただいまー。お待たせ! さあ、女王さまのところへもどりましょう」  翠が竜太のところへかけていって、声をかけました。すると、竜太は顔をあげて、翠ににっこりほほえみました。前より、体から発する光が弱くなっているように見えます。気のせいでしょうか?  それから、三人は元の道をもどっていきました。氷の階段の前まできました。龍男が木の実をしっかりだきしめています。  苦労して、階段を二、三段おりたあたりでした。遠くのほうから、なにかが近づいてきました。大きなものと、小さなものです。 「ウワー!」  目のいい龍男が悲鳴をあげました。 「あの化け物だ!」  にせ女王の化け物とその手下だと思われる鳥のような生き物でした。いっしょにこちらへやってきます。もう、翠と竜太にもその姿がはっきり見えました。にげようがありません。階段をあがるにも、おりるにも時間がかかるのですから。化け物は短い手足で水をかき、長いしっぽを左右に動かして、すごいスピードで近づいてきます。おこっているのか、おそろしい形相です。ガマガエルのような顔はゆがみ、口から、先がふたつにわれた舌をチロチロとだし、頭では、たくさんのヘビがゆれています。近づいてくると、ものすごく大きな体なのがわかりました。  龍男と翠はできるだけあとずさりをしました。翠はこわくて、声も出ないようです。顔をゆがめて、今にも泣きだしそうです。竜太もひきつった顔をしています。  ついに、化け物が三人の前にきました。龍男は翠の前に右手をのばして、かばいました。でも、かなうはずはありません。龍男は足がふるえて、体はこおりつき、声も出なくなりました。  ぼくたち、ここで、この化け物に食べられちゃうのかな? 女王さま、木の実を持って帰れなくて、ごめんなさい。  龍男は心の中でいいました。  ところが、竜太がふたりの前に出て、化け物とむかいあったのです。  勇気があるなあ、と龍男は感心しました。 「洋子ちゃん、どうして……」  竜太が小さな声でいいました。 「えー!!」  龍男と翠が同時にさけびました。  すると、とつぜん、竜太がふたりの前に正座して、両手をついて、頭をさげました。 「たのむ! その木の実を洋子ちゃんあげてくれ! それがないと、洋子ちゃんは元の姿にもどれないんだ」  龍男と翠はわけがわからなくて、なにもいえずにいました。  竜太は立ちあがって、化け物に話しかけました。 「洋子ちゃん、どうしてほら穴を出てきちゃったの? ぼくは、すぐにもどるつもりだったのに」 「ひとりになるくらいなら、もう、どうなってもよかったの。あなたにまですてられたら、わたしは本当にひとりぽっちだもの。それに、どうせもう、木の実の効果がなくなって、ほら穴にいても、人の姿をたもてなくなってきていたのよ」 「きみを元の姿にもどすために、浄化の木の実を手に入れようとしただけだったのに……」 「ありがとう。女王ぶって、いばってばかりいたのに……。でも、もう女王のふりもできないわね。こんなみにくい姿になって、あなたにまできらわれてしまう……」 「そんなことない。どんな姿になっても、洋子ちゃんは洋子ちゃんだ。ぼくはいつまでも、きみの友だちだよ」  化け物はなみだを流しながら、つぎに翠に話しかけました。 「ろうやにとじこめて、ごめんなさい。お友だちがほしかっただけなの。ずっとずっと女の子を見ることもなかったんだもの。いろいろ話がしたかったのよ。それに、あのときは、すっかり女王さまのつもりでいたわ。こんな姿になってしまったけれど、心は本当の自分にもどれたみたい」 「そうだったの。わかったわ」  翠はひきつった笑顔をつくりました。でも、できるだけ化け物からはなれたままでいます。  そのとき、龍男がきっぱりといいました。 「どんな理由があっても、木の実はわたさないぞ。女王さまにわたさないと、海が、多くの生き物が、だめになってしまうんだから」 「ねえ、どういうことなのか、くわしく話してくれない? なにがなんだか、さっぱりわからないわ」  翠がたのみました。  竜太がうなだれて、小さな声でいいました。 「うそをついてごめんなさい。ぼくたちも、百年前に海の女王さまから、浄化の木の実をとってくるよう申しつかったのは本当なんだ。なにもかも、ぜんぶ話すよ」  竜太は話しはじめました。 「ぼくと洋子ちゃんはクラスメートで、よくいっしょに海で泳いだし、海が大好きだったから、よろこんでその使命をおうことにした。そして、長い時間をかけて広い海の平原をわたりきり、がけのあるほら穴に入った。そして、あの鏡のドアが五つある部屋についたとき、順番に中へ入ってみることにしたんだ。一番右のドアから入ったときのことは、前に話したとおりだ。でも、二番目のドアに入ったとき、中はからっぽだった。ただ、かべ一面に光るコケがはえていて、エメラルド色の光を発していた。  事件が起きたのは、三番目のドアから入ったときだった。中は暗くて、なにも見えなかった。とつぜん、洋子ちゃんが悲鳴をあげた。それから、あたりがぼんやり明るくなった。  巨大なトカゲのようなものが白い光をはなっていた。そして、そいつの声が頭の中でひびいた。 『これで、おまえもわしの仲間だ。体にわしの毒がまわって、一日もすれば、わしと同じ姿になるだろう。浄化の木の実を食べれば、元の姿にもどれるだろうが、長く外にいると、海の水で効果が流されて、元にもどってしまう。このほら穴の中にいれば、効果をとじこめておける。だから、浄化の木の実を食べて、ここへもどってこい! 若いままで百年は生きられるぞ』  洋子ちゃんが足首をかまれて、すわりこんでいた、足首をおさえて、いたそうな顔をしていた。ぼくは、洋子ちゃんのうでをぼくのかたにまわして立たせると、急いでその場所からにげた。  そして、四番目のドアは正しい道だった。にじの橋と氷の階段をあがるのは大変だったけど、洋子ちゃんをささえながら、どうにか浄化の木の実のあるところまでたどりつけた。それで……浄化の木の実を洋子ちゃんに食べさせた。でも洋子ちゃんが、ひとりぽっちで長く生きるのはいやだから、ぼくにも食べてっていったんだ。それで、ぼくもひとくち食べて、このほら穴にもどってきた。でも、あのトカゲの化け物のところには行きたくなかったから、からっぽだった二番目のほら穴で、いっしょにくらしはじめたんだ。  洋子ちゃんは浄化の木の実の力で、トカゲにならずにすんだだけじゃなく、少しだけふしぎな力も身につけていた。ものをかえたり、つくりだしたりできるようになったんだ。その力で、ほら穴の中をかざったり、イスやテーブルやろうやをつくったりした。そして、いっぴきだけだけど、生き物を生みだすことさえできた。さすがに、命を生みだすのはむずかしいらしく、何か月も苦労して、ようやくいっぴき生まれたのが、この鳥のような魚なんだ。さびしいから、どうしても生きたものがほしいっていって、がんばって生みだした。でも、そのあと何年もつかれがとれないようだった。最初の数日は、動くことさえできなかったんだよ。  でも、女王の力を身につけたため、だんだん自分が本当に女王のように思えてきたらしく、ぼくにいばった態度をとるようになった。それでも、洋子ちゃんがそうしたいなら、かまわなかったんだ。そうして、ふたりでさびしさにたえて生きてきたけど、だんだん浄化の木の実の力が弱くなってきたようなんだ。洋子ちゃんはとてもつかれやすくなって、しょっちゅうねるようになった。また、ねているときに、ときどきトカゲの化け物の姿にかわるようになった。だから、また木の実を手に入れたかったんだ。何度かにじの橋をわたり、氷の階段をあがって、滝の下まで行ったけど、ぼくひとりじゃ竜はきてくれなかった。だから、女の子がきてくれるのをずっと待っていたんだ。翠ちゃんといっしょに、木の実を手に入れたかったんだ。  いろいろごめんなさい! 洋子ちゃんもごめんね、助けてあげられなくて」  竜太はトカゲの化け物になった洋子の頭をだきしめました。竜太も洋子も泣いています。 「ありがとう、話してくれて。よくわかったわ。でも、あなたたち、まちがってる。それでも、浄化の木の実を食べるべきじゃなかったのよ。木の実を持って、女王さまのところへもどって、女王さまに助けてもらうべきだったんだわ」  翠がいいました。 「そうだぞ。それに、ほら穴の中でも、中に入る前に、正しいドアをさがすべきだったんだ。みちびきの言葉にあったじゃないか。   正しい自分を、さがしだせ   正しいドアのみ、開くべし、って」 「そうだね。ぼくたち、みちびきの言葉にきちんとしたがわないで、まちがった道へ進んでいたんだね。今からでも、女王さまにお願いして、助けてもらうべきかな?」  竜太がききました。 「ええ、もちろんよ。おそくなっても、そのままでいるより、正しい道にもどったほうがずっといいわ」  翠が答えました。 「わたしも女王さまにお会いして、どうしたらいいのか教えてもらいたいわ。女王ぶったこともあやまりたいし。どんなおしかりを受けても、今よりはずっといいもの」  洋子がいいました。
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