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2 光の道
さて、その夜のことです。龍男は明け方前に目がさめて、どうしてもねむれなくなってしまいました。目も頭もどんどんさえてくるのです。しかたなく起きあがって、窓の外をながめてみました。空には大きなまるい月がかかっています。
「きれいな満月だなあ」
龍男は思わずつぶやきました。そして、ぼんやり月を見ているうちに、なんだか落ちつかなくなってきました。だれかが自分をよんでいる、そんな気がして胸がドキドキしてきたのです。もう、じっとしてなんかいられません。外へ出たくてたまらなくなりました。龍男は服をきがえました。
「海が見たい!」
龍男の心がさけびました。でも、こんな時間に外へ出ていくところを、おかあさんに見つかったら大変です。龍男は足音をしのばせて、そうっと、それこそ息も殺して、静かにげんかんのほうへ歩いていきました。げんかんのドアをしめるときに、ガチャリと小さな音がしたので、心臓がドキンとして口からとびだしそうになりました。でもだいじょうぶ。気づかれなかったようです。
龍男は胸いっぱいに外の空気をすいこみました。まわりの木々が暗やみの中で月に照らしだされて、いつもとちがう景色に見えました。あたりにはだれひとりいません。龍男は力いっぱいかけだしました。ついてくるのは自分のかげだけ、聞こえるのは自分の足音だけです。
どのくらい走ったでしょう? 息が切れてきたころ、波の音がすぐ近くから聞こえてきて、足がザッザッと砂にめりこむようになりました。目の前に真っ黒の海が広がっています。まんまるの大きな月が、海のむこうからこちらにむかって光を投げかけています。黒い海がキラキラひかり、海の上に光の道ができていました。
砂浜に黒い人かげがありました。近づいてみると、なんと、翠でした。
「おい、こんな時間になにしてるんだ」
龍男はびっくりして声をかけました。
「あら、それはあなたも同じでしょ? ふと目がさめて、ねむれなくなっちゃったの。それで、ここのきれいな海を思いだしたら、どうしても見たくなって、きちゃったのよ」
「女の子がむちゃするなあ。今日は満月だからよかったけど、この月と星がなかったら、このへんは真っ暗なんだぞ」
「そうなの? じゃあ、今夜は満月でラッキーだったわ。月の光が海にあたって、きれいね」
「そうだな」
龍男は山で翠がいった言葉を思いだして、ききました。
「なあ、おとうさんが海のむこうにいるって、どういう意味だ?」
翠はすぐには答えませんでした。でも、しばらくすると、前をむいたまま小さな声で話しはじめました。
「おとうさんは、しょっちゅう出張で海外に行っていたけど、ある日、よその国の女の人が好きになって、その人とくらすといいだしたの。おとうさんとおかあさんは、何日もいいあらそいをしたわ。そしてついに、おかあさんとあたしをすてて、おとうさんは海のむこうへ行ってしまったの。だから、おかあさんのおかあさんがいるこの町でくらすことになったのよ」
龍男は、なんていったらいいのかわかりませんでした。それで、ふたりでだまって海を見つめていました。
そのときです。光の道が急にくっきりしてきました。それから、ふたりの足元まで、スーっと光の筋がのびてきたのです!
びっくりして見ていると、光はどんどんかがやきをましてきます。ふたりは声もだせず、ただただ見つめていました。やがて、光の道の先でなにかがひかりました。白金の光です。強い光をはなつものはだんだん大きくなってくるので、こちらに近づいているのだとわかりました。光のかたまりは龍男たちのすぐ近くにくると、背の高い女の人の姿にかわりました。白っぽいドレスを着て、頭には白いかんむりをつけ、手を胸の下で組んでいます。でも、よく見ると、ドレスはあちこちよごれていました。かんむりは、白い巻貝をつなぎあわせただけのものでした。
女の人はふたりにむかっていいました。
「わたしは海の女王。百年に一度、満月の美しい夜、月の光でできた道を通って、人間の住む陸地にやってきます。あなたたちは、なんという名前ですか?」
ふたりは口をぽかんとあけて、しばらく女の人を見つめていましたが、ようやく落ちつきをとりもどして龍男が答えました。
「ぼくは龍男で、こちらは翠です」
「そうですか。龍男、翠、あなたたちにお願いしたいことがあってきました。わたしに会えたものは選ばれたものです。わたしたちを助けに、海の国へきてくれないでしょうか?」
「ぼくたちに、なにをしてほしいんですか?」
龍男がききました。
「わたしは海のよごれを元にもどすために、浄化の木の実を食べなくてはなりません。浄化とは、よごれをとりのぞいてきれいにすることですが、海のよごれを浄化しないでいると、大気や陸地にもよごれが伝わり、この世のすべての生き物の命がおびやかされます。清める、ということでもあります。また、山の木々が死ぬことでも海はおとろえます。この世のすべてのものはつながっているのです。昔は千年に一度でよかったのが、数百年に一度、そして今は、百年に一度は浄化しなくてはならなくなりました。海がよごれるスピードが速くなったからです。でも、浄化の木の実は百年にひとつしかなりません。これ以上、よごれるスピードが速くなったら、浄化はむずかしくなってしまうでしょう。また、浄化の木の実は、陸地の人間がもぎとらなければなりません。陸地の未来をつくる少年と少女が協力して、いっしょにもぎとらなくてはならないのです。それが決まりなのです。陸地の人間が海をよごしているからです。そのために、わたしは百年ごとに、こうして陸地の人間に会いにきます。海を愛する、選ばれた人間をむかえ、浄化の木の実をとってきてもらうために。龍男、翠、わたしといっしょにきてくれますか?」
龍男は、海の国になんて行って、息はできるのか、浄化の木の実というのはどういうもので、どうしたら手に入るのか、わからないことだらけで、なんと答えたらいいかわかりませんでした。
「前回の少年と少女は失敗しました。ですから、今度は失敗できません。海をすくうためには、どうしてもあなたたちの力が必要です。わたしが教えるみちびきの言葉をたよりに、ふたりだけでさがしにいってもらうことになります。くわしいことは、いっしょにきてくれたら説明します。龍男、もう一度だけききます。海をすくうために、わたしといっしょにきてくれますか? どうですか?」
「はい、行きます。」
龍男は、もうどうにでもなれという気持ちで答えました。
「ありがとう。翠、あなたはどうですか?」
「なんであたしが? むりです!」
龍男はあわてました。
「翠ちゃん、たのむよ。きみだって海が好きだろ? 海を守ることが、おれたちの命を守ることにもなるんだと思う。たのむ。おれがいっしょうけんめい、翠ちゃんを危険から守るから。鳥や木々だって、おれたちにたのんでたじゃないか! あれは、こういうことだったんだ」
「でも……」
「たのむ。このとおり」
龍男は頭をさげました。
「しょうがないわね。山でもいっしょにいてくれたし……。そのかわり、絶対いっしょにいてよ」
翠は女王のほうをむいて答えました。
「龍男くんがいっしょにいてくれるなら、行きます。大好きな海を守りたいです」
「ありがとう!」
龍男はお礼をいいました。
翠ちゃんって、思ったよりいさぎよい女の子だな。話せばわかってくれるんだ。
龍男くんって、たよりになりそうな男の子ね。守ってくれるんだ。
龍男と翠は、相手のことをこんなふうに思っていました。
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