海の女王

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3 海の国 「では、こちらへきてください。」  女王はふたりに手をさしだしました。龍男と翠はそれぞれ女王の手をとりました。女王は右手で龍男の左手、左手で翠の右手をしっかりにぎると、ゆっくり光の道のほうへむきなおりました。  ふたりはいっしゅん、体がうきあがったような気がしました。すると、もう光の道の上を飛ぶようにすべっていました。すごいスピードです。ゴォーと風を切る音が聞こえます。月が近づいてきて、だんだん大きくなってきました。月が真上にきたと思ったしゅんかん、体がグンと海の中にしずみました。龍男はぎゅっと目をつぶりました。でも、なにもかわった感じがしません。そっと目をあけてみると、もう海の中でした。魚が泳いでいるのが見えます。でも、ふたりとも陸地にいるときと同じように、息もできるし目もあけていられました。水が空気とまったく同じに感じられます。ただ、水が体にあたる感覚がして、少しだけ重いような気がします。  月の光は海の中にもとどいていました。でも、今は後ろから光がさしています。  月の反対側にきたんだな、と龍男は思いました。  光の道は海の底にむかって、下へ下へと続いています。その道を、グングンすごいスピードで進んでいきました。水が顔の上のほうへ流れていく感じがします。あたりがだんだん暗くなってきました。そして、やがて真っ暗になりました。  それからさらに進むと、今度はまた、あたりがぼんやり明るくなってきて、先のほうに、城のようなものが見えてきました。月の光はここまではとどいていないはずですが、どこからか光がさしているようです。城は青い光につつまれ、にじ色にかがやいていました。両側に、先のとがったまるい塔があり、そのあいだに入口があります。全体はガラスでできているように見えますが、中は見えません。  三人は城の前に着地しました。地面には、サンゴや海草らしいものがたくさんはえています。緑や白やピンク色のものがあたり一面をおおい、その上を、金魚のような魚や白いレースをまとったような魚が泳いでいました。 「あれがわたしの城です」  女王が城を指さしていいました。  入口には、大理石のように白い両開きのドアがあり、そのアーチ型のドアの右側と左側に、大きなタツノオトシゴが一匹ずつうかんでいます。  もしかすると、竜の子どもなのかもしれない、と龍男は思いました。  ドアが音もなく開きました。中へ入ると、両側に魚やタコやいろいろな海の生き物がずらりとならんでいました。 「みんな、あなたたちがきてくれるのを待っていたのですよ。本当に、よくきてくれました」  女王がいいました。そのまま、一本のろうかのような道をずっと歩いていくと、両側にいくつもドアがあるのですが、どれもしまっていて中は見えませんでした。つきあたりに大きな両開きのとびらのついた部屋がありました。三人が近づくと、とびらは内側にスッと開きました。  部屋には、イスが三つと小さなテーブルがひとつおいてあるだけです。女王はさっと部屋の中に入ると、ふたりに声をかけました。 「さあ、中に入って、おかけなさい」  そういうと、奥にある背の高いほうのイスにこしかけました。白いイスで、背もたれのふちには木をほってつくったもようがあり、真ん中の部分はにじ色にひかっています。貝がらの内側のきれいな部分をみがいたものなのでしょう。  ふたりは中に入って、ふたつならべておいてある小さなイスのほうへ歩いていきました。後ろでとびらが音もなくしまりました。ふたりのイスも白くて、背もたれは高く、上のほうは半月形で、背もたれとこしかける部分には、やわらかいつめものがしてありました。すわるとフワッとして、とても楽な気持ちになりました。  女王が口を開きました。 「ではさっそく、これからみちびきの言葉を教えます。いいですか? しっかり聞いて、決して忘れないようにしてください。   海の平原、どこまでも   はてしなき道、まっすぐに   やがて見える、やみの穴   その先にいるは、自分自身   正しい自分を、さがしだせ   正しいドアのみ、開くべし   やみをぬければ、光あり   七色にかがやく、にじの橋   氷の階段、のぼりきれ   暗号いって、滝をあがり   ふたりで、木の実をその手に  言葉できくとかんたんなように思えるかもしれませんが、そこを旅するものにとっては、終わりがないかのように思えるほど遠い道のりです。だまそうとするもの、危害を加えようとするものもいるかもしれません。どんなことがあっても、わたしの言葉を信じ、ふたりで心をあわせて、そこまでたどりついてください。前にもいいましたが、ふたりいっしょでなくてはならないのです。かならず、ふたりでいっしょに木の実をもいでください。海の世界にふなれな少年と少女だけで、あぶない目にあうかもしれません。それでも、行ってくれますか?」  龍男は不安でいっぱいでしたが、勇気をだして「はい」と返事をしました。続いて翠も、「はい、行きます」と答えました。  女王はゆっくりうなずきました。 「ありがとう、感謝します。ではつぎに、女王の使いであるしるしの暗号を教えましょう。これもしっかりおぼえてください。   われら海を愛する   われら植物を愛する   われら生き物を愛する   水と植物と動物を守るため   海の女王から申しつかった   大切な使命をはたさせよ」  女王が暗号をいいおわると、龍男は立ちあがりました。 「お待ちなさい。みちびきの言葉とこの暗号が、完全に身につくまでくりかえしなさい。忘れたら、とりかえしのつかないことになるのですよ」  龍生はおぼえたつもりだったのですが、女王の言葉をくりかえしてみると、まちがえたり、思いだせなかったりしました。何度も何度もくりかえして、ようやくぜんぶ正しくいえるようになりました。  翠は龍男がくりかえしているのを聞いていたので、二回目でぜんぶ正しくいえました。翠が得意そうな顔をしたので、龍男は少しくやしくなりました。 「それでは、毎日かならず、夜ねるまえにこのみちびきの言葉と暗号をくりかえしなさい。ふたりで順番に。ふたりともですよ。そして、どんなことがあっても、ふたりは、はなれてはいけません。約束してくれますか?」  女王が少し心配そうな、あたたかい目でふたりを見つめました。 「はい」  龍男と翠はいっしょに返事をしました。 「では、これを持っていきなさい。女王の使命をはたすものが持つことのできる、特別な果物と休息メーターです」  女王が小さなオフホワイトのバッグを龍男と翠にひとつずつくれました。たて十センチ横二十センチくらいの大きさで、がんじょうな革のようなものでできています。かたからななめにかけられるように、しっかりしたふとくて長いひもがついています。ファスナーがついていて、あけてみると、中には、上を細いひもでとじた青緑色の袋と、ふたがついたまるいコンパクトのようなものが入っていました。 「ここでは、食べ物や飲み物がなくても生きていけます。海のエネルギーを全身からきゅうしゅうしているからです。それでも、ときどき休んで、この食べ物を口に入れてください。なれない海の中を動くのですから、とてもつかれるはずなのですが、体が軽いので、自分ではそうと気づかないかもしれません。ですから、体を休め、くつろいで心も休める時間を、かならずつくるようにしてください。また、休息メーターは、ねるべきときを教えてくれるものです。ここでは、昼も夜もわからないと思いますので、そのメーターが夜をしめすときには、休むようにしなさい。  体がつかれていないように感じても、心はつかれます。心がつかれて、大切なことがわからなくなると、まちがったことをしてしまうものです。そうすると、とりかえしのつかないことになるかもしれません。どうか、自分の心に負けないで、自分の本当にすべきことを決して忘れないでください」 「はい」  ふたりは返事をしましたが、女王の言葉の最後のほうは、完全にわかったとはいえませんでした。それでも、ふたりは心の中で女王の言葉をくりかえしながら、立ちあがりました。女王は、きたときと反対側のとびらのほうへ進みました。ふたりがあとをついていくと、とびらは音もなく外側へ開きました。  女王が真っすぐ前を指さしました。 「ここを真っすぐ進むと、ほら穴のあるがけがあり、その後ろには高い山があります。あなたたちがめざすのは、その高い山の頂上です。そこに木の実はあります。気をつけて行ってきてください。お願いしましたよ」  龍男は女王に、「行ってまいります」と小さな声でいいました。それを見て、翠も同じことをしました。  女王はうなずき、立ったまま、ふたりを見送りました。  女王はふしぎなまなざしをしています。愛情をこめて見守るような、それでいて、きびしく見はっているような目でした。  ふたりは前をむいて、とびらの外へ出ました。すると、とびらは音もなくしまりました。これで、知らない場所にふたりきりです。
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