海の女王

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4 海の平原  目の前には見わたすかぎり、どこまでも海の平原が広がっています。ところどころ海草やサンゴが生え、えたいの知れない生き物がたくさん泳いでいます。こわくてたまらなかったのですが、ふたりはとにかく歩きはじめました。ロケットみたいな形をしたものや、UFOみたいな形のもの、羽がついている生き物もいます。透明なものが多いようですが、赤やオレンジのあざやかな色も多く見られます。海辺でくらしてきた龍男でさえ、見たことのない生き物ばかりです。どのくらい歩けば、この平原が終わるのかもわからないまま、ひたすら歩いていきました。  すきとおったまるい体にたくさんの長い足をつけた、フワフワした生き物がただよってきたとき、翠が「きれい! クラゲね?」といって、手をのばそうとしました。  龍男がその手をおさえました。 「だめだ! クラゲは毒を持ってることがある。さされたら、大変だ!」 「あ、そうね。ありがとう」 「海にはこわい生き物もたくさんいる。気をつけなくちゃだめだ!」  しばらく歩くと、地面は砂地にかわり、サンゴも海草も見られなくなりました。そのとき、三メートルくらい先で、信じられないことが起こりました。地中から、とつぜんなにかがとびだしてきて、海底の近くを泳いでいた十センチくらいの魚に食いつき、砂地の中へひきずりこんでいったのです。あっという間のできごとでした。先に口がついた、細長いつつのような体をした生き物でした。 「なに、あれ?」  翠は青い顔をして、小声でききました。 「わからない。あんなのはじめて見る。とにかく気をつけよう。へんな生き物には近づかないようにして……」  龍男も足がふるえるのを感じました。まわりを見わたし、足元を見てから歩きだそうとしたとき、赤と黄色のもようのクモが近くを歩いていました。ふたりはそのクモをよけて先へ進みました。とげのついた生き物もたくさんいます。龍男は、海にくわしい自分が翠を守らなければと、あたりのようすに気をつけて進みました。  たしかに、体はあまりつかれませんでしたが、いつどんな生き物におそわれるかわからないので、こわくてきんちょうしていました。翠を守らなくてはと思い、龍男はとても気をはっていました。いつ終わるのかわからない旅。もしかしたら、もう家にもどれないかもしれません。龍男は不安でこわくてたまらなくなり、話をする気力もありませんでした。  翠はそんな龍男を見て、思いました。  龍男くん、なんだかおかしいわね。山では、あんなにあたしのことを気にかけてくれたのに。つかれちゃったんじゃないかしら? 「ねえ、少し休まない? なにか楽しい話をしましょうよ」  翠が龍男に声をかけました。そして、岩の上にこしかけました。 「時間をむだにしたくない! つかれてもいないのに、休んでいられるか! この砂地の平原を早くわたりおえたいんだ」  龍男はきつい調子でいいました。 「でも、女王さまは、ときどき休んでくつろぐようにって、おっしゃったじゃない」  龍男はムッとしましたが、たしかに女王はそういいました。そこで、イライラしながらも、しかたなく翠の横にすわりました。  でも、こんなあぶないところで休むなんて、と思っていました。  ふたりは女王がくれた果物の入った袋を開いてみました。ラズベリーくらいの大きさの果物でした。すきとおっていて、角度によって青にも緑にも見えます。まるで、海のしずくのようです。ふたりはひとつつまんで、口に入れてみました。少しあまくて、ほんのり塩味がしました。たったひとつで、おなかと心が満たされただけでなく、すっきりした気分になりました。頭まですっきりしたようです。  おれ、心がつかれていたんだ。翠にどなるなんて。 「翠、ごめんな。おれ、きんちょうしすぎて、つかれてたみたいだ。休んでくれて、ありがとう」  翠は龍男に、にっこりしました。 「いいのよ。山ではあたしがつかれているのを気にしてくれたじゃない。無理しないでゆっくり歩けばだいじょうぶなんでしょ? ちゃんとふたりで、浄化の木の実をもぎとりましょう。ねえ、学校のことを教えて。あたしにも友だちできるかしら? 山では、つい、ひねくれた態度をとっちゃったけど、みんな、どう思ったかしら? 前の学校の友だちには会えなくなるし、おとうさんは遠くに行っちゃうしで、さびしくてたまらなかったの。それに、おかあさんが仕事をしなきゃならなくなったのが悲しくて、泣きそうだったものだから、」  あたたかい海につつまれているせいでしょうか、海の果物の効果でしょうか? 翠はすなおな気持ちになっていました。 「だいじょうぶだ。先生もみんなも、いいやつばかりだから。すぐに仲よくなれるさ。翠ちゃんが友だちになろうっていえば、みんな仲よくしてくれる。おれもふくめて、クラスの子のとうちゃんの多くが漁師なんだ。カツオやマグロを追いにいくと、一か月くらい帰ってこない。だから、口にはださないけど、みんなとうちゃんのことが心配だし、さびしいしいんだ。そのせいもあって、みんなとても仲がいい。さびしいのは、翠ちゃんだけじゃないさ」 「そうなんだ。そうよね、あたしだけがさびしいわけじゃないわよね。あたし、早くここのくらしになれて、みんなとも仲よくなりたい!」 「ここのくらしはきびしいけど、みんな、さびしさやつらさにたえて生きている。だから、ひとの気持ちを思いやれる、やさしいやつばかりだ。ただ、元気がありすぎて、翠ちゃんがついていくのは大変なときもあるかもしれないけど、そんなときは、おれが助けてやる」 「まあ! 本当? 龍男くん、どうしてそんなに親切なの?」 「うちも、とうちゃんがたいてい留守だから、おれがかあちゃんを守らなきゃっていつも思っていて、だから、女の子は大切にしなきゃって思うようになったのかもな」 「わあ、やさしいんだー! でも、女の子も弱いばかりじゃないわよ。あたしも強くなるわ」 「そうか? そうなのかもな。じゃあ、そろそろ行こうか。気をつけてな」  それから、またふたりはもくもくと歩きつづけました。はるか先のほうに、ぼんやり黒っぽいものが見えてきました。あれが、ほら穴のあるがけにちがいありません。その後ろにあるはずの高い山は、まだよく見えません。いくら歩いても、その黒っぽいものに近づいているように思えませんでした。どのくらい歩きつづけたのでしょう。ほんの数十分なのか、何時間もたったのか、まったくわかりません。時間の感覚がなくなってしまったようです。  一メートルくらい先を、目玉のとびでた三十センチくらいの魚が泳いでいきました。その前を、白っぽい生き物が横切ったとき……  その魚の口がエイリアンのようにガバリと開きました。体より大きな口です。そして、白い生き物を飲みこみました。  ふたりはほんの少しのあいだ、あっけにとられていましたが、龍男が翠の手をとってかけだしました。もうだいじょうぶだろう、というところまできて、止まりました。 「びっくりしたわね」  翠がむりに笑顔をつくって、いいました。 「うん」  龍男はうなずきました。不安な気持ちでいっぱいです。  まだ、がけにつかないのかな?  それでも、ようやく黒っぽいものが少し大きくなって、だんだんはっきりしてきました。  しばらく行くと、急に近づいたように見えました。近づくにつれて、とても大きながけだということがわかりました。 「よし、あと少しだ。がんばろう!」
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