海の女王

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5 魚の大群  ところがそのとき、魚の大群がどこからともなくあらわれました。銀色の細長い体にフワフワした白いヒレがついた魚たちです。そして、ふたりのまわりをグルグルまわりはじめたので、前が見えなくなりました。それに、グルグルまわる魚のせいで目がまわって、がけがどちらの方向かもわからなくなりました。しかも、たくさんの魚におされて、ふたりとも魚といっしょに少しずつ移動しています。  龍男と翠は少しずつひきはなされていきました。そして、相手がどこにいるのか見えなくなりました。 「翠ちゃん、どこだ?」  龍男は翠をよびましたが、返事がありません。  どうしよう。はなればなれになっちまった。  龍男は不安になりました。それでも、魚の大群はようしゃなく、龍男をとりかこみつづけています。 「やめろー! おれたちには、海の女王さまからたのまれた大切な使命があるんだ! じゃまをしないでくれ!」  龍男はたまらなくなって、さけびました。  すると、魚たちがいっしゅん動きを止めました。それから、ゆっくり龍男から遠ざかっていきました。  龍男はあたりを見まわしました。でも、翠の姿はありません。 「翠ちゃーん、どこだー?」  龍男は大きな声でよびました。でも、返事はありません。 「翠ちゃんはどこだ?」  龍男がつぶやくと、魚たちはバラバラになって泳ぎさりました。魚たちがいなくなると、龍男はなぜか、よけい不安になりました。  こんなところをやたらに動きまわったら、かえってあぶないし、てきとうに進んだって、翠ちゃんのいるところつけるはずはない。どうしたらいいだろう?  龍男がこまっていると、さっきの魚の大群の一部がもどってきました。そして、龍男の前でおかしな動きを始めました。  矢印だ!  そうです、魚たちは集まって、矢印をつくっているのです。魚たちは流れるように動いているので、つぎつぎと位置をかえていますが、それでも、つねに矢印の形をつくっています。 「翠ちゃんが、あっちってこと?」  龍男が魚たちにききました。  すると、矢印の先がうなずくように上下しました。 「わかった。そっちへ行ってみる」  龍男は魚たちがしめす方向へ進みました。矢印をつくっている魚たちもいっしょにきてくれました。そして、つねに、どちらへ行ったらいいのかを教えてくれました。  しばらくすると、前に魚の群れが見えてきました。この魚たちの仲間のようです。近づいてくると、その群れの中に翠がいるのが見えました。よく見ると、翠の両わきにいる魚たちも矢印をつくっています。龍男の横にくると、魚たちはパッとちりました。 「翠ちゃん、どこにいたんだ? 心配したぞ」 「ごめんなさい。魚の大群につかまったとき、あたしはすぐに群れの外へ出ることができたんだけど……。龍男くんが行ってしまうから、追いかけようとしたとき……目の前に青と緑のきれいな魚があらわれたの。サファイアとエメラルドのようにキラキラしていたわ。それに、目がルビーみたいだったのよ。それで、つい手をのばしてつかまえたら、ものすごいスピードで泳ぎだしたの。二十センチくらいの小さな魚なのに、すごい力だったわ。こわくて手がはなせなくなっちゃって、どうしようかと思っていたら、この魚の群れが追いかけてきて、わたしの手をつついて、魚からひきはなしてくれたのよ。水の中だから、地面に落ちてもケガはしないことに気がついたけど、この魚たちがわたしを受けとめてくれたわ。なんて親切な魚たちなんでしょう! それから、みんなで矢印をつくるものだから、そちらの方向へいっしょに進んできたの。龍男くんのいるところへ連れてきてくれるなんて、ふしぎなこともあるものね」 「そうだったのか。あぶないなー。もっと注意して行動してくれよ。おれが、海の女王さまからたのまれた大切な使命があるっていったら、この魚たちが助けてくれたんだ。海の仲間だからだな。ところで、そろそろ休んだほうがいいんじゃないのか? ゆうべはあまりねていないから、少しねてから、また歩かないか?」 「そうね」  翠は女王からもらったバッグから、休息メーターをとりだして見ました。 「『夜』をしめしているわ。ねたほうがいいってことよね? ねるっていっても、どこでねたらいいのかしら? こんな広いところで横になるなんて、こわいわ」  すると、魚たちがまた、ふたりをとりかこみました。どこかへ連れていこうとしています。最初のときのような乱暴な動きではありませんが、ふたりのまわりを大きくまわりながら、どこかへみちびこうとしています。ふたりは魚たちが行くほうへついていくことにしました。  やがて、緑や茶色の海草がたくさんはえている場所にきました。魚たちはそこで止まって、ふたりのまわりをグルグルまわりはじめました。 「ここで休めってことかしら?」  翠がききました。  龍男が答えました。 「そうだな。この海草の上にねたら、気持ちよさそうだな」  そこで、ふたりは海草がぎっしりはえている上に横になりました。すると、魚の大群はふたりのまわりをゆっくりまわりつづけました。ふたりを守ってくれているようです。 「この魚たちが守ってくれるから、安心してねられそうだな。じゃあ、みちびきの言葉と暗号を復習したら、ねようか」  そうしてふたりは、その日いろいろなことがあって、すっかりつかれきっていたので、何時間もぐっすりねむりました。  目がさめると、ふたりのまわりには、まだ魚の大群がいました。 「ありがとう、おれたちを守ってくれて。おかげで、安心してねむれたよ」  龍男は魚たちにお礼をいいました。 「ありがとう、いろいろ。そろそろ行くわね。後ろに高い山があるがけは、どっちのほうかしら?」  魚たちがまた矢印をつくりました。ふたりがそちらのほうへ進むと、遠くにぼんやりと、がけらしきものが見えてきました。 「あ、あれじゃないかしら?」  翠がそちらを指さしました。 「うん。そうだな。よかった。もどってこられた」  すると、魚たちは何度かふたりのまわりをまわったあと、はなれていきました。 「さようならー、ありがとう」  ふたりは声をあわせていいました。すると、魚の大群がふたりのほうへ、バイバイという文字をつくりました。 「わー、かわいいわねえ」  翠がいいました。
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