海の女王

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6 ほら穴  そうして、どのくらい歩いたのでしょう。何時間も歩いたように感じましたが、三十分くらいだったのかもしれません。ようやく、大きな山をけずったような広いがけにたどりきました。  そのがけの真ん中あたりに、ほら穴がありました。中は真っ暗です。 「これが、みちびきの言葉にある『やみの穴』かしら? でも、本当になにも見えないわね。やみそのものだわ」  翠がいいました。  あまりの暗さに、ふたりは中に入るのをためらいました。こういうところには、なにがいるかわかりません。もし、真っ暗やみでなにかにおそわれたら……。 「よし、元気をだすために、またあの果物を食べよう!」  龍男がいいました。そして、ふたりでまた、女王がくれた果物をひとつ口に入れました。すると、「お願いしましたよ」という女王の声が聞こえてきました。それから、光かがやくその姿が心に思いだされました。  ふたりは勇気が出てきました。そして、立ちあがると、手をつないでほら穴の中にとびこみました。  しばらく進むと、なにも見えなくなりました。だれかに鼻をつままれてもわからないでしょう。どちらをむいても黒一色……。ふたりは、手をつないでいないほうの手を前にのばし、歯をくいしばって、ゆっくり一歩一歩進んでいきました。足元はごつごつしています。石や岩がたくさんあるようです。とても歩きにくいし、足がいたくなります。気をつけないと、いつ、つまずくかわかりません。ころんだら、大ケガをするかもしれません。何度か、横のごつごつした岩のかべにぶつかって、うでをすりむいてしまいました。もう、前も後ろも右も左もよくわかりません。本当に正しい方向へ歩いているのか、少しでも進んでいるのかさえ、よくわからなくなってきました。  こまったな。これじゃあ、夜かどうか知りたくても、休息メーターが見えないな。  龍男はそう思いながら、バッグにふれました。メーターらしい、まるくて固いものにふれました。 「ちょっと待ってくれ。少し目がなれてきたから、メーターが読めるかどうか調べてみる」  龍男はよく注意して、バッグの中から固いものをとりだしました。そして、まるいメーターのふたをあけてみると、明かりがつきました。ぼんやりした弱い光ですが、暗い中ではとても心強い光でした。 「すごーい!」  翠がさけびました。そして、翠も自分の休息メーターをだしました。それから、メーターを見るといいました。夜の時間が近づいているわ。休める場所があるといいんだけど。ここじゃあ、地面は固くて体がいたくなりそうだし、なにも見えないんじゃ、こわくてねられないわ。今はとにかく進むしかないわね」  岩だらけのせまい通路でした。ふたりはメーターの明かりをたよりに、また、もくもくと歩きつづけました。と、とつぜん、開けた場所に出ました。メーターの明かりを照らしてよく見ると、ドアのようなものが五つもあります。しかも、ピカピカしたドアには、ふたりの姿がうつっています。 「ふしぎね。鏡になっているんだわ。でも、どのドアへ入っていったらいいのかしら?」  翠が少しこまったような声をだしました。 「とにかく、ひとつずつ、調べてみよう。なにか手がかりがあるかもしれない」  龍男は一番右のドアへ近づいていきました。 「うーん。暗くてよく見えないな」  龍男は顔を近づけて、ドアを見ました。その後ろに翠が立ちました。 「あれ? なんだか、龍男くんがちがうわ」 「おれがちがうって、なんのことだ?」 「あ、ごめんなさい。鏡にうつっている龍男くんが、本物の龍男くんとなにかちがうような気がするの。全体のふんいきもちがうし……。ああ、服がちょっとちがうわね。表情も少しちがうみたいだし。龍男くん、鏡のほうをむいたまま、立っててくれる?」  翠は横から、本物の龍男と鏡の中の龍男を見くらべてみました。 「やっぱり。表情もちがうし、シャツのえりがちがうわよ。龍男くんのシャツのえりはかたほう立っているのに、鏡の中のシャツはちゃんとしてるもの」  翠は、鏡の中の龍男のほうがハンサムだということは、だまっていました。本物の龍男の顔についているよごれも、鏡の中の龍男にはありません。 「そういえば、翠ちゃんも鏡の中と本物とでは、ちょっと顔の感じがちがうみたいだな。それに、鏡のはパンツの横にたて線が入ってる。そうか! このドアはまちがいだってことだ。みちびきの言葉の『正しい自分をさがしだせ』ってやつだな。よし、つぎのドアを見てみよう」  龍男も、鏡の中の翠のほうが美人だということは、いわないでおきました。  鏡にむかってななめになるように、ふたりが少しはなれて立つと、鏡にうつるおたがいの姿が見えることがわかりました。そして、おたがいに、鏡にうつった姿と横にいる本物を見くらべて、ちがうところがないかどうかをさがしました。  つぎの鏡はかんたんでした。鏡の翠は頭にはでなリボンをつけていますし、鏡の龍男はチョウネクタイなんかしています。 「アハハ。この鏡のふたりはおしゃれだな。よし、つぎ!」  つぎは真ん中の鏡です。 「うーん。鏡の龍男くんのほうが目つきがわるいわね。まゆもふといし、鼻の形もなんだかちがう。パンツの長さもちがうわ。本物の龍男くんの短パンのほうが短いわ」 「鏡の翠ちゃんは本物より目が細長い。シャツの色も少しちがうな。よし、じゃあ、つぎだ」  四番目の鏡は、ちがうところをさがすのがむずかしそうです。ふたりはしばらくだまって、鏡の中と横にいる相手の姿を見くらべました。 「ちがうところはないようだけど……。これが正しいドアなんだろうか?」  しばらくして、龍男がいいました。 「そうかもしれないわね。でも、念のために、最後の鏡も見てみましょう」  翠がいいました。 「そうだな」  ふたりは最後のドアの前に立ちました。そして、だまりこんでしまいしました。こちらも、本物と鏡の中の相手のちがいが見つからないのです。 「こまったわねえ。龍男くん、じっとしててくれる? よく見くらべてみるわ」  翠は、鏡の中と本物の龍男を、何度も何度も上から下までじっくり見くらべました。 「あ、もしかして……。鏡の中の龍男くんのシャツのえりには細い線が入ってるわ。かたほう立っているから、わかりにくかったけど、本物の龍男くんのえりに線はないわ。それに、くつについているよごれの位置も少しちがうかも」 「そうか? じゃあ、つぎはおれがよく見てみる。じっとしてろよ」  龍男はふたりの翠をじろじろ見くらべました。 「うーん。くつひもの色が少しちがうかも……。本物のは、白地に茶色いもようが入っているけど、鏡のは全体が茶色いみたいだな。あ、それに、シャツのボタンの数がちがうかな? 鏡のほうが、ボタンとボタンの位置がはなれていて、数がひとつ少ない!」 「やったわね! じゃあ、さっきのドアが正解なんだわ」  ふたりは四番目のドアをそっとあけて、中をのぞいてみました。ほそい通路が続いています。暗くてぶきみな感じです。 「ねえ、もう夜になるから、ここで休んだらどうかしら? 中の通路より、この行きどまりのほうが安全な気がするわ」  翠がいいました。 「そうだな。それでも念のために、おれは起きて番をしているから、翠ちゃん先に休んでくれ。あ、その前に、みちびきの言葉と暗号の復習だ」  ふたりは順番に、みちびきの言葉と暗号を正しくいえるかチェックしました。それから、翠はねむりました。  翠がねてしまうと、龍男はやはり、ほんの少しだけ不安になりました。翠がねるのにじゃまにならないようにと、メーターの明かりも消したので、あたりは真っ暗です。こわかったけれど、「おれは男だ。暗いのなんかこわくない。翠を守るんだ!」と心の中でつぶやいてがんばりました。  それでも、なにか危険なものがしのびよってきそうで、本当はビクビクしていました。少しはなれたところで、黒っぽいものが動いたような気がしました。かすかに海水が動いたようにも感じられます。  龍男は立ちあがって翠からはなれると、メーターの明かりであたりを調べてみました。  なにもいません。でも、またどこかで海水が動いたように思えました。  気のせいかな?  龍男は元の場所にもどって、翠の横にすわりました。  しばらくして翠が目をさますと、龍男と交代しました。
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