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7 にせ女王
龍男がねてしまうと、翠はなんだか心細くなりました。落ちつかなくて、立ちあがりました。そして、うろうろ歩きまわったあと、また、四番目のドアをのぞいてみました。真っ暗でなにも見えません。本当にこのドアへ入っていっていいのか、心配になってきました。
「考えてもしかたないわ。どうせ、行ってみるしかないんだから」
そう小さな声でつぶやくと、そっとドアをとじました。そして、ふりかえると、まぶしさで目がくらみそうになりました。目の前に、キラキラした人が立っていたのです。
「そなたたちは、まちがった道を行こうとしている。正しい道は、右から二番目のドアだ。そのドアから中へ入るのだ。そうすれば、わらわの部屋がある。わらわが本物の女王。そなたたちは、にせものの女王にだまされておる。あのドアからいっしょにくるがよい。おまえたちのことは、わらわがめんどうみてやる」
「え、でも……」
「説明してやるから、まあ、そこへすわれ。このアメをやろう。アメをなめながらでよいから、よく聞け」
翠はもらったアメを見ました。すきとおったうすいピンク色で、ローズクオーツという石に、にていると思いました。しばらく見つめてから、アメを口の中にほうりこみました。とてもあまくて、なめていると、フワフワした気分になってきました。
キラキラした人が話しはじめました。
「わらわはにせものの女王に、魔法でここにとじこめられてしまったのだ。そなたたちに助けてもらいたい」
翠は頭がぼうっとしてきて、しっかり考えられなくなっていました。でも、とにかく、この人が本物の女王なのだということだけはわかりました。
あたりが明るくなったせいで、龍男も目をさましました。
「あれ? 翠ちゃん、この人だれ?」
「本物の女王なんですって。右から二番目のドアへいっしょにきてっていってるの」
「えー? 本物の女王? 二番目のドア? でも……」
龍男はためらいました。
女王と名のるその女の人は、翠とあまりかわらない背たけで、よく見ると少女のような顔をしています。
その人がいいました。
「あの女王の姿を見ただろう? うすよごれていて、あんなのが本物の女王のはずないではないか。わらわを見よ。このきらびやかな姿!」
たしかに、その人は金や銀の糸で刺しゅうをほどこした、ごうかなドレスを着ています。さらに、色とりどりの宝石をたくさん身につけていました。動くとジャラジャラ音がするくらいです。そして、そのドレスや宝石の光で、まわり中がキンキラキンにかがやいているのです。
「そうね。あの人のドレスは、なんだかうすよごれていたものね。あまり女王らしく見えなかったわ」
「さあ、こんなところでねていないで、わらわの部屋は明るくてあたたかいぞ。そこでゆっくり休むがよい」
龍男はなんだか気が進みませんでした。でも、翠はすっかりこの人を信用しています。
「龍男くん、あたしたち、だまされていたのよ! この本物の女王さまのところで、どうしたらいいかいっしょに考えましょう!」
そういうと、翠はもう、その人といっしょに、右から二番目のドアへ入っていきます。龍男もしかたなく、あとをついていきました。
翠ちゃん、どうしたんだろう? なんだか目がうつろだし、この女の人のいうことをぜんぶ信じちゃったみたいだ。
ドアから中に入ると、たしかに明るくてあたたかい場所でした。龍男は少しうれしくなりました。不安で心がこごえていたようです。
「よくきてくれた。とにかく、そこにすわるがよい」
女王と名のるその人は、ふたつの銀色のイスをしめしました。そして、自分は金色のイスにこしかけました。それから言葉を続けました。
「そなたたちはだまされておるぞ。女王と名のっているあの女はにせものだ。本物の女王であるわらわを力でおさえつけて、この海をのっとったのだ。あの女が浄化の木の実を食べたら、とたんにみにくい化け物にかわって、そなたたちを食い殺してしまうのだぞ。ここにわらわと、とどまって、あいつをやっつける方法をいっしょに考えようではないか」
その女の人はいいました。
銀色のイスは、みかけはきれいですが、固くて冷たくて、ずっとすわっているとつかれてきました。
龍男はどちらが本物の女王なのか、どちらの話が本当なのかわからなくて、こまってしまいました。そこで、よく考えようと思って、下をむいて目をとじました。すると、浄化の木の実をとってくるようにいった女王の顔が思いだされました。どこかきびしさをひめたその顔は、なんとなく神聖なものを感じさせます。いげんと品があり、堂々としています。
あれこそ、本当の女王だ! あのかたとくらべると、この女の人はあまり上品とはいえない。
「なぜ、だまっているのだ。なんとかいったらどうだ!」
その女王がどなりました。龍男が顔をあげて、きっぱりといいました。
「休ませてくれて、ありがとうございました。でも、悪いけど、ぼくたちは別のドアのほうへ行きます」
そういうと、立ちあがりました。
「悪かった。つい、どなってしまって。まあ、そう急がなくてもよいではないか。つかれているであろう? なにかおいしいものでも食べて、もう少し休んでいくがよい。あの女は、なんのもてなしもしてくれなかったのだろう? そういう冷たい女なんだ」
そういうと、おくのほうへ引っこんでいきました。
「龍男くん、どうしてあんなことをいったの? にせものの女王のいうことなんて信じちゃだめよ! いっしょに本物の女王さまを助けてあげましょう」
翠がいいました。
「でも、なんだかおかしい。どうして、あの人のほうが本物だってわかるんだ?」
「本物だからよ! あたしにはわかるの!」
翠がむきになって、どなりました。
「翠ちゃん、落ちついて。なんだかへんだよ。どっちが本物なのか、よく考えてみよう」
そのとき、おぼんになにかをのせて、女王がもどってきました。あまーいにおいのする、色とりどりのおかしと緑色の飲み物でした。ふたりの前にあるテーブルにおいてくれました。
「こういうあまいものを、好きなだけ食べたり飲んだりして、ゆっくり休んでいくがいい。
そう女王はいってくれましたが、あまりにもきついにおいとはでな色に、龍男は食べたり飲んだりする気にはなれませんでした。しかも、部屋の中はどこもキンキラキンで、ずっといるとつかれてしまいます。
でも、翠はおかしを食べはじめました。おなかはすいていないはずなのに、ガツガツと、どんどん口に入れています。それから、緑色の飲み物をごくごく飲みました。
「あまーい! おいしいー!」
龍男が食べていないことも気にならないようです。
女王は翠のようすをうれしそうに見ています。
「いい子だ。子どもはあまいものが好きでなくちゃな。それに、女の子はきれいなものも好きだろ? さあ、いっぱい食べたら、今度はきれいなものをあげよう」
女王がネコなで声をだしました。そして、どこからか真っ白な真珠のネックレスをだしました。そのネックレスは光があたるとキラキラひかります。
翠はそれを見て、目をかがやかせました。
「えー! これをもらえるんですか?」
翠はおかしでよごれた手を服でこすってよごれを落とすと、ネックレスを受けとりました。
「どう? にあう?」
さっそく首にかけると、龍男のほうをむいてききました。
「うん、まあ……」
白いシャツに青いパンツというカジュアルな服で、しかも、白いシャツにはたくさんよごれがついています。ごうかな真珠のネックレスがにあうはずはありません。でも、翠はごきげんで、首にかかったネックレスをいじっています。
そのとき……
「キャー!」
ネックレスがくねくね動きだして、翠の手首にまきつきました。それから、どんどんのびてきて、翠の体にまでまきつきました。翠はうでごと、すっかりネックレスにしばられてしまいました。
龍男はあわてて、そのネックレスを引っぱりました。でも、ぎちぎちにまきついて、びくともしません。
そのとき、翠の体がぐらりとゆれて、イスからすべり落ちました。
「翠ちゃん、翠ちゃん、どうしたの?」
返事がありません。目をとじて、ぐったりしています。気をうしなったのか、ねむっているのか……。
「ねむっているだけだ。あのおかしを食べると、ねむくなるのだ」
「ちくしょう! やっぱり、おまえがにせものだったのか!」
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