海の女王

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1 転校生  海岸ぞいの小さな村、そこで龍男(たつお)は生まれ育ちました。背はそれほど高くないけれど、日にやけた、がっしりした体をしています。今日も龍男は、友だちと海岸の白砂の上を走っています。走りつかれたので、足を止めてふと海を見ると、真っ赤な夕日がしずんでいくところでした。 「おーい、みんな見てみろよ。夕日がきれいだぞ」  龍男は後ろの友だちをふりかえりました。 「本当だー。今日はやけにきれいな色だな」  ほかの男の子たちも集まってきて、いっしょに夕日をながめました。  海のむこう側の空は一面赤くもえ、日の光が海にあたってキラキラかがやいています。 「夕日が海につくるあの道は、海の国へ続いているような気がするんだ。光のむこうから、だれかがおれをむかえにきて、海の国へ連れていってくれないかな」  龍男がいいました。 「また龍男の病気が始まった。どこまで行っても、海は海だろうに。でも、あの夕日の光は、本当に道みたいだな」  みんなでだまって、海にしずむ夕日を見つめていました。そのとき、ふと気がつくと、近くにひざをかかえてすわっている女の子がいました。やはり、じっと夕日を見つめています。知らない女の子でした。みつあみを後ろでまとめた、おしゃれなかみ形をしています。日ざしのせいか、少し暗い表情に見えます。夕日がしずんでしまうと、龍男はその子に声をかけました。 「見かけない顔だな。よそからきたのか?」  その子は少しおどろいた顔をしました。 「ええ。きのう、東京から引っこしてきたの。ここは、おかあさんが生まれた村なんだって。前いたところは海が遠かったから、きれいな海が見られてうれしいわ。海にしずむ夕日って、きれいね」  龍男は自分がほめられたみたいに、うれしそうな顔になりました。 「そうだろ? ここの海と夕日は日本一きれいなんだ」  女の子は、胸をはっていう龍男を見て、クスッと笑いました。 「やだ、日本一だなんて、おおげさね。そんなにすごいところかしら?」 「そうさ。ここは海だけじゃなく、山だってきれいなんだぞ。今度、ぜったいに山にも行ってみろよ。鳥の声も聞こえるし、気持ちいいぞ」 「ふーん。ところで、あなたは何年生? なんて名前? あたし、あしたからこっちの学校に通うんだけど」 「龍男。四年生だ」 「あら、いっしょね。同じクラスになるかしら?」 「同じクラスもなにも、三年生と四年生でひとクラスしかないぞ」 「あら、そうなの? あたしは翠(みどり)。じゃあ、またあしたね」  翠は立ちあがって、体についた砂をはらいました。 「ああ、そうだな。夕日がしずむと、あっというまに暗くなるから、もう帰ったほうがいい」 「おーい、龍男、帰るぞー」  ほかの男の子たちが声をかけました。  そうして、それぞれみんな家へ帰っていきました。  龍男が家につくと、たきたてのごはんとみそ汁と焼き魚のにおいがただよっていました。 「かあちゃん、ただいま。おなかすいた」 「おかえり。おそかったね。また、海を見ていたのかい? 体じゅう砂だらけじゃないか。おまえは本当に海が好きだねえ。さあ、外で砂を落として、手をあらっておいで。ごはんだよ」  つぎの日、学校へ行くと、翠が転校してきました。胸に花がらのししゅうが入った、白いフレンチスリーブのTシャツと、水色の短めのスカートをきています。かたまであるかみはおろして、頭にブルーのカチューシャをつけていました。 「東京からきた谷川翠さんだ。こっちになれるまで、みんないろいろ教えて、仲よくしてやってくれ。谷川、席はうしろから二番目のあそこだ。みんなにあいさつして、すわりなさい」  先生がいいました。 「谷川翠です。よろしくお願いします」  翠はそれだけいって、自分の席へむかいました。  東京のどこからきたの?  どうして、引っこすことになったの?  どこに住んでるの?  おとうさんはなにしてる人?  みんなが口々にいろいろなことをききました。でも、翠はなにも答えず、だまってイスにすわりました。 「さあ、授業を始めるぞ」  先生がいって、みんな静かになりました。  でも、休み時間になると、みんなが翠をとりかこみました。 「あたし、けいこ。東京の人って、やっぱりきれいね。その服もすてきだわ」 「おれ、じゅん。東京って、どんなとこ?」  でも、翠は顔もあげず、小さな声でひとこと答えるだけでした。 「ありがと。べつに、ふつうよ」  そのとき、女の子が翠の銀のネックレスに気がつきました。 「わー、きれい! それ、なに?」  すると、翠はにっこりしました。そして、シャツの中にかくしていたペンダントトップの青い石をだして、みんなに見せました。 「ラピスラズリっていうのよ。あたしの誕生石で、幸運のお守りなの。おとうさんからの誕生日プレゼントよ。あたし、アクセサリーが好きで、将来、アクセサリーをデザインしたり、つくったりする仕事がしたいの。だから、いつか、そういう学校に行きたいんだけど、こんないなかじゃなさそうね」  少しのあいだ、みんなだまってしまいました。しばらくして、ひとりの女の子が口を開きました。 「大きくなれば、遠くの学校だって通えるようになるわよ」 「そうね。でも、ブティックやアクセサリーの店もほとんどなさそうだし、ここに住んでいたら、ぜんぜんおしゃれの研究ができないわ。それに、コンサートやバレエとかも見にいけなそう。つまらないわ。なにして、すごしたらいいのかしら」  また、少しのあいだ、みんなだまってしまいましたが、今度は男の子がいいました。 「映画館はあるぞ。それに、ここではみんな、海や山であそぶんだ」  龍男がそのあとを続けました。 「そうだぞ。海にしずむ夕日がきれいだって、いってくれたじゃないか。なあ、あさっての土曜日、みんなで山へ遊びにいかないか? 翠ちゃんのかんげい会をかねて。よかったら、山を案内してやるよ。山っていっても、六百メートルくらいしかない低い山で、丘みたいなもんだけど。でも、みんなでよく遊びに行く場所なんだ。どうだ?」  みんなは、いいね、行こう行こうといいました。 「かんじんの翠ちゃんはどうだ?」 「ありがとう。でも、山を歩く自信がないわ。なれてないもの」 「だいじょうぶだ。おれがずっと、いっしょに歩くから。みんなと仲よくなれるチャンスじゃないか」 「うーん、でも」  気がすすまなそうな翠を説得して、土曜日に、みんなで山へ行くことになりました。  土曜日の朝、校門の前に八人が集まって、山へむかいました。一時間もかからずにあがれる低い山ですが、頂上からは村全体と海が見わたせるとのことです。  翠はところどころ岩がつきでた細い道を、息を切らしてのぼっていきました。木もれ日がさし、鳥の声が聞こえて気持ちのよい場所です。緑がきれいで、とちゅうでも、ときどき遠くの景色を見わたせるところがありました。でも、翠の表情は晴れません。  なれているみんなは、あっという間に先へ行ってしまい、龍男だけが翠といっしょにいてくれました。 「もう、つかれたー! 胸が苦しい。足も重いし……。だから、いやだったのよ!」 「なれてないもんには大変な道だけど、無理しないでゆっくり歩けばだいじょうぶだ。時間はたっぷりあるんだから。ここで少し休んでいくか? ここから海がきれいに見えるから」 「そうね」 「きれいな空気と景色を楽しみながら、のんびり行ってくれればいい。苦しい思いをして、山がきらいになったらこまるから」 「……」  ふたりは大きな岩にこしかけて、遠くに見える海を見つめました。海は日の光でキラキラしています。 「あ、海がきれい」  翠が小さな声でいいました。 「海が好きなんだな。この前もひとりで海を見てたし」 「……おとうさんが、海のむこうにいるから」 「海のむこうって?」  龍男がそうきいたとき、そよ風にのって、かすかな声が聞こえてきました。  自然を守って。命をすくって。母なる海を助けて!  ふたりはびっくりして、あたりを見まわしました。だれもいません。  ピーチュ・チュチュ……  今度は鳥のさえずりが聞こえてきました。すると、たくさんの鳥が木のかげからあらわれて、ふたりのまわりを飛びまわりはじめたのです。  自然を守って。命をすくって。母なる海を助けて!  小鳥たちのさえずりが、こううたっているように聞こえました  風が強くなり、まわりの木々がざわめきだしました。  自然を守って。命をすくって。母なる海を助けて!  ゆれる木々の音が、やはりこううたっているように聞こえました。  ふたりは顔を見あわせて、まばたきしました。  龍男がいいました。 「ふしぎなこともあるもんだな。自然がうたっているみたいだ」 「そうね。たしかに、『山を守って。命をすくって。母なる海を助けて!』って、うたっているように聞こえたわ」 「自然が助けをもとめてるのかな? できることがあるなら、なんとかしてやりたいけど、どうしたらいいんだろう?」 「うーん。でも、これだけじゃあ、なんだかよくわからないわ。きっと、たまたま、そんなふうに聞こえたのよ、風のせいで。行きましょう。みんな、上で待ってるんでしょ?」  翠はさっきの龍男の質問には答えず、立ちあがりました。  翠が歩きだしたので、龍男もいっしょに歩きました。そして、ようやく頂上にたどりつくと、みんなは鬼ごっこをしていました。 「あ、龍男と翠ちゃんだ。仲間に入れよ。つぎは龍男が鬼な」 「なんで、おれが鬼なんだよー」 「遅れてきたバツだ」 「翠ちゃんもおいでよ」  龍男がふりかえって、翠に声をかけました。 「あたしはつかれてるから、いいわ。ここで見ている」  女の子がふたり、翠のところにきて話しかけました。 「ねえ、翠ちゃんのおかあさん、かんづめ工場で働いてるでしょ? うちのおかあさんもなんだ。谷川さんって女の人が新しくきたって、おかあさんがいってから」 「ふーん、そう」  翠は横をむいて、海を見つめました。 「ねえ、東京では、どんなことをして遊ぶの?」 「べつに。ふつうのことよ。ゲームをしたり……」  翠は横をむいたままでした。  女の子たちは翠からはなれて、また鬼ごっこに加わりました。
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