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川霧の立ち込める冷たい朝のこと。
薬売りの男は橋の上でその濃い霧の流れる様を見ておりました。真っ白な視界に夢の中へ彷徨いいでたような心地がするのに、肌を切り裂く冷気は頭の芯をどんどん冴えさせていくのです。
薬売りは長い旅に出ておりましたが、お城のお殿様の使いに呼ばれ、十数年ぶりにこの地に戻ってきたところでした。
「お小夜は元気にしているだろうか」
薬売りがこの地を離れた時、妹のお小夜のお腹には子どもが宿っておりました。そばにいて助けてやれなかったことが、今でも薬売りの心の片隅で溶け残った雪のように胸の内を冷やしておりました。
朝日が昇るに連れて霧が晴れると、河原で一人、まだ十にもならぬくらいの娘が背に大きな籠を背負って歩いているのが見えました。
時折しゃがみこんでは石を拾って籠に入れております。
「石なぞ拾って何にするのか……」
薬売りは興味を引かれましたが、声をかけるまではせずしばらくその様子を見ておりました。
やがて重そうな籠を背負って岸へ上がると、ちょうど薬売りの行くのと同じ方へと歩きだしました。
賑わいだす通りの向こうに、目指す稲荷神社への楼門があります。
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