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「ありがとうございます。火にあたっていってください。今朝は本当に冷えますから」
「一人でやってるのかい?」
「はい。おっ母さんが伏せってしまって……」
「それは大変だね。どこが悪いんだい? 私は薬売りだ。もしおっ母さんに効く薬があれば少し分けてあげよう」
娘はただ笑って首を横に振りました。薬は高価です。買えないものと諦めているのだろうと、薬売りはそれ以上言わず火に手をかざしました。
「行商をなさってるんならいろんな所へ行かれるんでしょう? わたし、お父っつぁんを探してるんです」
娘は火箸で炭をかき分けながら、ぽつりとそう言いました。
「何か手がかりはあるのかい?」
薬売りが問うと、娘は足下の砂に火箸で家紋を画きました。それがついこの間、ただ一度見た父の着物の背に縫ってあったのを覚えていたのです。
母に頼みごとをしにやってくる人はたくさんいました。いつも親身になって話を聞いてあげる母が、その人が来た時だけは娘を遠ざけ、暗い顔をしていたのです。おかしいと思い何度も問い詰める娘に、母はついに「あの人がお前の父親だ」と答えました。
けれどそれ以上のことは何も教えてはくれませんでした。娘は父だと言う人の帰っていく背中をちらりと見ただけでした。
そのすぐ後に母は急激にやせ衰え、遂には床から起き上がることさえできなくなってしまったのでした。
薬売りはその紋様と娘の顔を何度も見比べました。
その紋が確かなら娘が探しているのはこの国のお殿様に違いありません。
「お父っつぁんに会ってどうする?」
「おっ母さんの大事な物を返してもらうんです。それがないとおっ母さんは……」
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