朝が来るまで

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朝が来るまで

これから話すことは例えばの話で、明日には僕たちも死んでしまうかもしれない。それなら少しだけこっちに来て欲しい。いつかの嘘などなかったことにして。 夜に向かう街は、徐々に増え始めるアフターファイブの気配と、色欲漂う空気感の中で、いつまでもずっとここにはいれないのだなということだけが、肌で理解できるほど、ちょこっとだけ物騒だった。 カラスに荒らされたゴミの破片は、どこの誰だか分からない人が掃除をしてくれて、この街のせめてもの秩序は守られている気がする。 「そういえば、こないだ飲みに行った女の子と、どうなったの?」 既に空になりそうなボックスを、乾いたパサパサという音を鳴らしながら振り、ふと思い出したように、口に含んだ煙を、肺を通さずに俺に放った。 「やっちゃった。」と舌を出し、お決まりの、お前さぁ。という、嬉しそうな呆れ声を俺は楽しんでいた。 酒を飲んで、朝まではしゃいで、女を抱いて、約束を破って、義理を通して。それが大人になるということだと、俺は何となく分かっていた。大して変わりもしない世の中は、バイトの隙間にせめてもの夢を詰め込んで、こんな路地裏の喫煙所から、俺たちに今日も課題を突きつけてくる。 寝不足の回らない頭で、昨日の夜のことを整理していく。確かに、あの子を俺は抱いたし、一緒に酒を飲んだ。それよりもっと鮮明に覚えていることは、あの子が唐突に言い放った「好き」の意味に戸惑ったことと、付き合ってもいないのに別れを演じるように、感傷的なさよならを告げた、紺色から白にグラデーションをかけた朝方の空だった。 この関係を変えるつもりはなかったし、変わることはないと決めつけていた。俺はセフレでいいと思ってた。けど君にとって、俺がそういう対象として、他人を見たり、量ったりすることが許せなくて、きっと膨れていたんだと思う。 本気になればなるほどめんどくさいから、強く思えば思うほど、離れた時の反動が大きいから、恋愛なんて必要最低限したくない。それでも、異性との駆け引きは楽しいし、自分が男ではなく、雄としての価値がある生命体として認知してくれていることは嬉しかった。 放っておいても朝は来る。だからこそ、短い夜を恋愛に例えるなら、朝焼けの差す時間が、儚くて、身勝手で、俺は好きだ。一生得意にはなれないだろうけど、それでもこの時間だけは、自分の気持ちが真っ当で正当な価値を持っていて、せめて真っ直ぐで純粋なものであるように振舞っても、それが嘘でも、信用してもらえる気がしていた。 再三言うが、俺は多分身勝手でわがままだ。思い通りにならないことばかりの世界で、したくないことを強いられて、叶わない夢を追って、迫ってくる歳や周りの目線から逃げて、そうやって生きている。それで何が悪いんだって、今日も変わらずに思っている。 「ノブ君の言う、さよならって、少し嬉しそう。」 あの子は皮肉そうに、寂しく笑った。どうせこんな夜が明けたら、君に会うことは2度とないし、都合のいい時しか俺は連絡しない。それでも君は、まだ俺に期待をしているし、どうやったら少しでも俺に向き合ってもらえるかを考えてくれてると思う。それでも、情に流されたり、少しでも思わせぶりな態度を取ることは、できるだけ避けるべきだ。こうやってでしか、君を思うことができない自分が、馬鹿馬鹿しいほど子供で、昼間に目が覚めた頃には嫌になっている。 君をこの腕に抱いている、その時だけは、君のことを可愛いと思ったし、その瞬間は好きだから、俺は言葉にして、態度にして、息遣いにして、君に伝えてる。分かんないよね。分かんなくていいよ。でもちょっとだけでいいから、俺のこと、分かろうとしてくれてもいいんじゃないかな。 そんなことを考えてる時点で、俺はずっと、あの日から変わってなくて、削り終わったスクラッチくじみたいに、用済みなのに、まだその先を期待しちゃうんだよな。だから、だらしなくて、頼りなくて、それでいて価値のある人にならないと。必死にならないと。 君を忘れるまでは、その日だけの君を重ねた人に、嘘のような本当のような好きを、口ずさんでるんだ。 明日なんか来なきゃよかったのに。君のことだけを思って、夜を続けれたらよかったのに。
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