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そんなある日、銀色の影時計が夜8時あたりを指し、店仕舞いをしようとしていた頃の事。
「ごめん下さーい」
梯子酒三軒目くらいの要領で、いかにも泥酔した勢いの女が揚々と入店してきた。渋澤は小さく会釈しつつとても警戒した。
大抵、こういう輩が来た時はペタペタと店の小品達を触っては最終的に破損、しれっと帰られるという出来事が起こる。これだから飲み屋街のある下町の骨董商というのは難儀なロケイションなのである。
「わー、キレー。ちょっと見てっても良いですか!?」
渋澤は目を合わせずにどうぞと言った。それから小声で
「…ゴジラか」
と呟いた。
まるでジオラマを壊す怪獣のような人間がやって来た時に指す、渋澤ならではの隠語である。
その甲高い声は明らかに彼のセロトニンを著しく低下させる周波数であった。
女は目を煌めかせながら店内の小品達を見回している。
カジュアルスーツの上からでも厚みの分かる胸元で“黒石曜子”という社員証ストラップが乗っかっている。
「わー、星がいっぱい」
気づくと銀縁の望遠鏡を覗き込みながら曜子は叫んでいた。
ふくよかで厚みのある二の腕とは対照的に指は長くしなやかだった。カラフルなネイルカラーの指先がそっと筒に添えられコツと鳴る動きに渋澤は、小品に傷がつくのを恐れて
「その小品、触るのは構いませんが、壊さないようにだけ。繊細なので」
そのツンとした注意の言葉に曜子はハッとして望遠鏡から距離を取る。
「ごめんなさい、つい!」
ぱっとレンズから顔を話した曜子の頬には涙が伝っていた。ばつが悪くなった渋澤はそれに気づかない素振りで下を俯いてから
「いえ」
「あの、もうちょっと色々見て回っても良いですか?絶対触らないようにするんで」
「触っても大丈夫ですよ。気を付けて扱って下されば」
「オーライ」
「それとウチは写真OKなんで。値札映らなければSNSも大丈夫です。むしろ、そうしてもらえると嬉しいんです」
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