プロローグ

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プロローグ

師走。 薄雪が積もった朝に吐く息は白い。 巻き上げレバーを回してシャッターを切ると、ライカM3からクシュと静かな音が鳴った。 『このシャッター音が好きで買ったんだ』 自慢気に話す彼の遺品となったフィルムカメラは、今私の手元に巡ってきた。 残りの撮影枚数を確認する為のフィルムカウンターの窓には、0の手前の1のメモリで針が触れている。 潮騒に耳を傾けながら、構図を探してカメラを構える。 海上の水面がキラキラ宝石のように反射して、ファインダー越しに覗くと映画のワンシーンのように情景を映した。 デジタルカメラのようにシャッターを押してしまえば変更の効かない、一瞬一瞬を大切に切り取るフィルムカメラが好きだと語っていた彼を思い浮かべながら、私は最後の一枚をカメラに納めた。 人づてに彼が亡くなった事を聞いた時から、涙は不思議と出てこない。 感情が追いつかなくて、一年経った今も現実味が帯びてこない。 彼と過ごした時間は決して多くはない。けれど私にとって、彼は世界の中心だった。 大切な人がいなくなっても、この世界は変わらず回り続ける。 彼のいない世界は、何て味気ないんだろう。
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