明日をもって、この世界を終わらせることにした

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 かくして、約70億人の全人類から選ばれてしまった俺は、日本の国会の一室に連れてこられていた。  こういう時の政府の対応は迅速たるもので、写真が公開されるのと同時に政府のお偉いさんの使いが自宅へやってきたのだ。  お偉いさん方は、俺に世界滅亡を取り消しにする願いをするように指示してきたが、それは神にはあらかじめ対策済みだったようで願い事に4つの条件を足してきた。  ひとつ、願い事は自分に影響する願いであること。他者の幸福を願ったり、他者の願いの代弁をしてはならない。  ふたつ、地球以外のどこか、異次元、未来や過去など別の時空へ飛ばすようなことを願ってはならない。  みっつ、願いの数を増やす願いはしてはならない。  よっつ、『世界滅亡を取り消してくれ』は聞き入れない。  人々は落胆した。世界の危機は逃れられないのだ。  あくまで、俺はただのラッキーボーイで、死ぬ前にひとときの夢を見せてもらえるだけなのだ。また、その条件を決めていたあたり、神は俗世な願いをお求めらしい。  人々はそれを理解し、各々『世界最後の日をどのように過ごすか』という考えにシフトし始めた。 「今日のギリギリだと、願いを叶える時間がなくなるから、うん、まぁ、17時くらいを目安に教えよ!」  そう言って神は姿を消した。会社の定時か何かか。  さて、どうしようかと思い悩む。  どうせ最後なのだから、『好きなアイドルとセックスさせて下さい』とかにしておこうか。  そう考えたが、全人類の中から神に選ばれたということで、各国々のメディアが、俺が願い事をする瞬間を中継しようとしていたものだから、下手なことは言えない状況だった。メディアの、最後の日まで職務を全うしようとする姿勢には感服する。  俺は世界最後の日というのに案外冷静であった。今更騒いだところでどうにもならないと悟りを開いていた。  その悟りが功をなしたのか、俺にひとつの閃きが舞い降りた。 「時間になった。願い事を聞こう」  17時、再び巨大な神が姿を現し、俺に願い事を聞いてきた。  ギャラリーが見守る中、俺は答えた。 「神様、どうか、“明日”を下さい」 「世界滅亡中止の願いは聞き入れられないと言ったはずだ」 「世界滅亡を取り消して欲しいとは言っておりません。俺は“明日”が欲しいだけです。あなたはその次の日に、世界滅亡を行えばよいでしょう」 「確かにそうだ。それなら“明日”はやろう。そして明後日に世界を滅ぼすことにする!」 「感謝致します。……ところで、あなたは明日も1人の願いを叶えるのですか?」 「そうだ。1日1人の願い事を叶えるのが私の神である仕事だ」 「そうですか。では、世界は滅亡しませんね」  俺のその言葉で、神も人類も理解した。  その日選ばれた人間が、“明日”を願い続ければ、滅亡の日が訪れることはない。  神は苦虫を噛み潰したような顔をし、悔しそうに拳を震わせた。 「いいだろう。そのかわり、願いの対象の人間を発表するのは本日限りだ。明日以降は誰が選ばれたかは秘密とする」  そう言って神は消えた。  そして夜が明け、“次の日”はやってきた。  世界は救われたのだ。  俺は世界を救ったヒーローとして一躍有名になった。その甲斐があってか、アイドルと付き合えることになったので、ある意味本当の願いは叶った。  神が願いを叶える対象者を言わないと宣告したので、人々は皆「明日が来ますように」と願った。その次の日も、その次の日も、人々は明日を願うようになった。  明日が来るのが当たり前だと思っていた人々は、明日がまた来る喜びを毎日感じて生きるようになった。死を望んでいたような人も、世界滅亡寸前を味わったことで、生きる希望を見出したらしい。  人類が幸福に満ち溢れ、“当たり前の日常”に感謝して生きるようになった。  しかし人類は気づかなかった。ある次の日の願いの対象者が、生まれたばかりの赤ん坊であるということを。 【了】
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