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ファーストフロア
不意に現れる得体の知れないもの。
何度でも訪れる。波のように、引いては返し、引いては返し。
ピピピッピピピッと目覚ましが鳴り、目を覚ます。目覚ましで起きられたことに、軽く安堵する。
僕は医者だから。夜中に携帯が鳴り響くということは、大抵の場合は緊急の呼び出しだ。
カーテンを開き、目を細める。身支度を済ませると、いつもの様に栄養バランスゼリーを胃にへと流し込みながら駐車場へ向かう。
軽くアクビをしながら病院へ向かっている途中、路肩に車を止めてオロオロとする中年の女性と倒れたバイクと男性。
僕も路肩に車を寄せ降りると、女性へ微笑みを絶やさぬように声を掛けた。
「どうされましたか? 事故ですか?」
女性は涙目で震えながら頷くが、うまく声が出せないようだ。
「僕は医者です。安心して下さい。もう救急車は呼ばれましたか?」
僕は女性の肩に手を置きながら、そう聞くと数度頷く。それを確認した僕は男性へと踵を返す。
倒れている男性のグローブを取り、脈を確認する。フルフェイスのシールドを上げ、瞼を開く。
出血も見られないし、脳震盪の可能性が高い。ここからは病院での検査次第だ。
僕は女性の元へ向かい、現状を伝える。
「今の所、命の心配はなさそうです。ですが、頭や体を打ち付け意識を失っています。あとは救急車を待ちましょう」
そう伝えると、女性は涙を流しながら両手で僕の手を握り締め、お礼を言ってきた。ひとりで不安だったのであろう。
「救急車が来るまで一緒にいますから、大丈夫ですよ」
僕は片手だけを繋ぎながら救急車の到着を待つ。
人の体温と現状の理解で落ち着きを取り戻してきた女性へ、今からしなければならない基本的なことを伝えた。
スマホのメモを使い、キチンと書いていっている。
その姿に僕もようやくホッとした。
救急車が到着し、一通りの事をレスキューに伝え、車へと戻ろうとした。すると女性が僕へ向かってお礼を言いながら頭を下げていた。
僕も一礼し、車に乗り込みエンジンを掛ける。
さて、今日も一日の始まりだ。
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