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一旦脱いだスーツをまた着直して、久美子さんに一声かけてからもう一度職場に戻る。
目立つのは避けたいから、裏の職員用通路から院内に入り、人目に付きにくいルートで指定の診察室に入った。
患者用ドアからではなく、看護師や医師が使うバックヤードから現れた俺を見て、美波がびっくりしてる。
一人で診察台に腰掛けて足をプラプラさせていた。
「あきちゃん、どこから来たの?」
美波は普段この病棟で働いているわけではないから、普通に患者としてきたんだろうか。さすがに白衣は脱いでるから、仕事を終えてから直接部長に頼んで診てもらったんだな。
俺はバックヤードで目が合った部長に会釈しておいてきたから、そろそろ来るだろう。
「一人で?」
まずは美波に尋ねる。
誰にも相談せずに、ここまで動いたのかと心配になった。
悩んだりしたんじゃないかと。
「ううん、お母さんには相談したよ。
そうしたら、各課の責任者までは事情を知ってるから、部長に直接診てもらって、確定したらあきちゃんに言いなさいって」
…そうか。
美波と入籍した時に、当然人事には届けを出した。
各課の部長には俺のことも院長から開示されているということは、そういえば俺も聞かされて知っていた。
今朝も咲子さんとは普通に顔を合わせて挨拶してるのに、俺に何も悟らせなかったのはさすがと言うべきか。
美波のことを全面的に助けるけれど、二人で考えて決めなさい…
母として、人生の先輩としての包み込むような愛情を感じて、うれしくなる。
「で?」
わかっているけど、ちゃんと聞きたい。
何もなければ、俺をここに呼ぶことはないだろう。
「…赤ちゃん、できてた」
自分の気持ちは後回しにして、美波の表情を探ってしまう。
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