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近場ではなく、今回は少し足を延ばして山間の湖のそばの温泉旅館に向かうクルマの中で、アコはいつもにも増して上機嫌だった。
思い返せば一年と少し前、吊り橋の上で命がけ(?)の攻防のすえ付き合うことになってから、アコはたいてい由基の前ではにこにこしている。
かいがいしいのは元からだが、更に頻繁に食事を作ったり部屋の掃除までしてくれるようになった。そんな、由基のことを構うよりも自分のことに時間を使ってくれとは思うが、「アコはこういうことが好きなの」と言われれば、それは個人の自由だしなと彼女の献身を受け入れてしまう。
でも本当に、ひとり暮らしの自分の部屋に頻繁に来られるのはどうかと由基なりに身の危険も覚えたから、そのあたりは精一杯セーブしたつもりだ。なにしろ、由基は三十八歳のおっさんで、アコは先月まで女子高生だったのだから。
「婚約者ならシていいんだって」
どこからの情報なのか(真偽は定かではないが由基は三咲が吹き込んだのだと信じて疑わない)アコにそう囁かれたときには大いに悩んだ。でもやっぱり、結婚を前提にお付き合いしている間柄だからこそ、そのあたりはきちんと誠意を見せなければならないのではないか。良識ある大人として。
だから由基はアコの母親にも決死の覚悟で会った。両親はアコが中学生になる前に離婚していて母子家庭。母親はバリバリ働いて誰の手も借りずにアコを育てているらしい。
そんな大事な娘さんに手を出してしまった以上(正確にはまだ手を付けていないが)平身低頭でお詫びしなければ、と緊張する由基に向かって、アコの母親は「ふーん、いいんじゃない?」としか言わなかった。
由基と十も年が離れていないその人にアコはあまり似ていなかった。聞いた話によると母親はアコと違って料理ぎらいの掃除ぎらい、作る料理といえば卵焼きくらい(アコがいつも作る中華だしの厚焼き玉子は唯一母親に教えてもらったレシピだそうだ)、性格もまるで違うようだ。だが。
「ヨッシーね、お料理はレトルトを使っても手抜きじゃないし、一週間お掃除してなくても気にならないって」
「よっしゃ、イイ男! アコ、ウィスキー持ってきな!」
遠慮する由基の意志はさらっと無視され、酒盛りに付き合わされた。相手の話を聞かないところは母と娘で同じなようだ。
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