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目的の湖に到着し、湖畔の駐車場にクルマを留めて、まずはアコのリクエストのイタリア料理店でランチを食べた。
その後少し歩いて移動し、また別にケーキ店へと入った。かわいらしい雑貨も売っている女性が好みそうな店で、大皿でクリームやベリーのソースを添えて提供されるケーキは、アメリカンサイズのカントリーなパイやタルトで、ケーキ屋の店長などやっているわりには甘いものがさほど得意でない由基は少し迷ったが、後学のためにブラックベリーのタルトを食べてみることにした。
さっきのイタリア料理店でティラミスを食べたアコは、ここでもケーキをぺろりと平らげた。細くて普段はたくさん食べるという印象はないのに、こうして出かけた先ではアコはよく食べる。
「ヨッシーと一緒に食べるとなんでもおいしい」
可愛い笑顔で言うから、よしよしいくらでもごちそうしてやるぞ、と大らかな気持ちになってしまう。JD恐るべし。
女子大生になってから黒々した盛り盛りアイメイクは少し簡素になり、それでもしっかりとアイラインを引いたまぶたを見開いてアコは窓辺の景色に見入っていた。
「お店のこっち側は林で、向こう側は湖。ものすごく山なんだね」
なんだその感想は、と由基はコーヒーカップを戻しながら笑う。
「ヨッシーは来たことあるの?」
「ああ。むかーし研修旅行で一度。このまわり、大学とか企業が管理してる研修センターやキャンプ場が多いんだよ」
「ふうん」
よくわかんないけど、という顔でアコは相槌を打つ。
さすがにいっぱいになった腹を抱えて店を出、散歩の足取りで湖岸を歩きながら駐車場の方向へと戻った。
途中、アコが湖を指差した。
「スワンに乗りたい」
湖面には何艘もスワンボートが浮いている。
「あれ、結構揺れるんだよな。濡れるし」
「乗ったことあるんだ? 誰と?」
何気ないふうでいて、ぴりっと緊張感をはらんだアコの低い声。久し振りなそれに由基はぎくっとなる。
「もしかして三咲さん?」
さっきまでのキラキラした瞳はどこへやら、アコはおどろおどろしい眼差しでじいっと由基を見据えている。
春の暖かな日差しの中、ぶるっと寒気を感じながら由基は高速回転で思考をめぐらす。前にこんな場面でヘタにごまかそうとして失敗した気がする。ならば素直に認めた方がきっと傷は浅い。
「うん、そう」
「……」
アコは見開いていた双眸をぴくっと眇め、くちびるを噛みしめてから急に笑顔になった。
「やっぱり。それならヨッシーはスワン乗りたくない?」
「え、いいよ。アコちゃんが乗りたいなら」
喜ぶかと思ったのに、由基の返事を聞いたアコは浮かない表情になった。
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