第11章 今のわたしは何一つ、自分の意思で選び取れそうな気がしない。

1/11
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ

第11章 今のわたしは何一つ、自分の意思で選び取れそうな気がしない。

言うまでもないが、それからしばらくどうにも心の休まらない日々が続いた。 だって。新がきっぱり自信に満ちて断言したことにいささかなりとも根拠があるのなら。ある日突然、見知らぬ男の子がわたしの隣に実体をもって出現してもおかしくないってことでしょ。いつどんなタイミングかに関わらず。 仕事中とかお客さまに対応中とかにいきなりばっ、と目の前に現れたらどうしよう。かと言って家でゆったり寛いでるときや寝ようと布団に入ったとき、リラックスして力を抜いてる場面で。不意にリアルな同年代の男性が現れたりしたら。心臓停まっちゃいそう。 『葉波。なんでそこまで緊張してがちがちに構えてんだよ。そっちからは見えてないだけで。実際にはずっと前から俺はいつもお前のそばにいるよ?それは気になんないの』 気になるって正直に言ったら離れて成仏してくれるわけでもあるまい。と考えつつ力なくぼそぼそと受け応えた。 「あんたにプライベートから頭の中から何もかも見られてるんだなぁってことについては真面目に考えてもどうしようもないから。もう普段からきっぱり諦めて考えないことにしてる。それは慣れたから…。でも、こっちからリアルなあんたがすぐそこに見えるってことは。やっぱそれとは全然別の話だよ」 だって。わたしの方は新の容姿も知らないんだよ?いざ目の前に現出したら単に見知らぬ男じゃん。例えば一人暮らしの部屋でお風呂からふぅ、とひと息ついて上がってきたまさにそのとき。ぬうっと等身大の奴がそこに立ってたりしたら。わたし、どう振る舞ったらいいのよ? 『葉波。あのね、そんなことには。絶対ならないよ』 聞き分けのない、頭が混乱した相手に対して噛んで含めるように説明する口調。わたしはまだ身構えながらも少しだけ警戒を解いて尋ねた。 「そう。…なの?」 新の口振りは辛抱強く柔らかい。ふとその声を耳にしながら関係ないことが脳裏に浮かぶ。 最初の頃のあからさまに意地悪で無神経だったもの言いに較べると。最近のこいつ、本当に優しくなったなぁ。 『何の前触れもなくいきなり葉波の前に出てきたりはしないよ。そんな不作法なことは…。だいいち、葉波を驚かせ過ぎて怯えさせちゃうだろ。心霊ホラーマンガの展開みたいじゃんか』 確かに。何の気なしにふと首を横に向けたらわっ、とドアップで知らない顔があるとか。…それが新で気心知れてればいいってもんじゃない。てか知ってる顔でもやだ。 「じゃあ。ちゃんと今から出るよ、って前もって知らせてくれる?」 それなら全然、だいぶいい。と念を押すと、奴はうーん、と曖昧な声で唸った。 『それはさ。実は今もいろいろ試行錯誤して努力はしてるんだ。やり方だんだんわかってきた気がするから…。だから、ある日突然。コツがわかってぽん、と出没することになるかもしれない。そういう意味では絶対、ここで出るよって確実に知らせられるかどうかは…』 「なんだぁ」 わたしはかくん、と力を抜いて巨大ビーズクッションに背中を埋め、上空を振り仰いでふてくされた。 「じゃあそれこそ。路上を歩いてるときとか接客中にわっ、と隣に現れるかもって警戒怠らないのは仕方ないじゃん。朝起きたら布団の傍にぬっと立ってるかもしれないんでしょ?」 奴は自信に満ちた声でわたしの文句を遮った。 『それはない。…あのさ、最近わかってきたんだけど。霊感ない相手と確実に接触しやすいのってどんなタイミングだと思う?っていうか。人間ってほんとは誰でも多かれ少なかれ霊感自体は生まれつき持ってんだよ。使いこなせる奴とできないやつがいるだけで』 「へぇ。…そうなの?」 つまりわたしはできない奴、ってことだね。それはわかるけど。 「絶対ある、って断言していいのかな。だって生まれてこの方一度も霊見たことも感じたこともないんだよ?全ての人間が必ず霊へのセンサーあるって。誰も証明したわけじゃないじゃん。わたしだけ世界で唯一の例外かもよ?」 てか。そうあって欲しい。 わたしの微かな望みを新はあっさりと一蹴した。 『それはない。だって、お前。現にこうやって俺の声聞いて会話できてるじゃん。俺だって霊だよ?センサーなかったらそもそもこういう意思疎通もできないはずだよ』 「あー…。そうかぁ」 力が抜けてさらに深くクッションに沈み込む。そういえばそうだった。わたし、とっくに毎日霊とやり取りしてるんだ…。 わたしの反応を見て奴は心外そうにぼやいた。 『何でがっくり来るんだよ。つまりお前にもしっかり霊感はあるってこと。完全にゼロならそもそも俺みたいな魂だけの存在の声を聞き取ることなんかできるわけない。だからそこは心配する必要ないよ。ただ若干ぽんこつな霊感で、聴覚以外のあらゆる器官の反応が今ひとつなだけだから』 「悪かったね」 ここに来てぽんこつとまで言われた。ボランティアで霊に宿貸してやって常につきまとわれて、その上どうしてさらっとディスられなきゃならないのか。別に霊感なんて。なきゃないで誰にも迷惑かけてるわけでもないのに。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!