チョコレートコスモス (1/7)

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チョコレートコスモス (1/7)

3e38ae69-3731-43b8-9c6c-7bda6c54930f  首を刈られて茎だけになったヒマワリが立ち並ぶ姿は、何とも言えず異様で、ドキッとしてしまう。  二学期が始まってしばらくの間は、鮮やかな黄色の花を太陽に向けている姿が、廊下の窓から見えていた。 「……どうして花だけ刈っちゃったんだろう」  校舎の裏庭に植わった首無しのヒマワリを眺めているうち、思わず口に出してそうつぶやいてしまっていた。 「そろそろ(うつむ)きはじめてたからね」  真後ろから、がさごそという音とともに女性の声がして、わたしは思わず飛び上がりそうになった。 「あー、ごめん。驚かせちゃった?」  振り向いて、少し視線を落とす。こじんまりした温室の、くたびれたビニールの隙間から、眼鏡をかけた背の低い女子が顔を覗かせていた。  ビニールの入り口をかき分けて、制服姿の全身があらわになる。 「咲き終わって花びらが枯れたヒマワリは、重さで下を向くようになるの。そうなると種が落ちるまですぐだからねー。来年ヒマワリだらけになっちゃったら困るでしょ」  小柄な身体に、大きな金属製のじょうろを抱えた彼女は、屈託なく笑いながらそう言った。  わたしは、うなだれたヒマワリの群れが、涙のように黒い種を地面にこぼす様子を想像してしまった。  夏の亡霊――ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。 「ま、実際はほとんど鳥とか小動物とかに食べられちゃうだろうけどね。そういうのが集まってきちゃうのも問題だし……」  漫画みたいな丸い眼鏡ごしに、彼女はヒマワリのほうを眺めて言った。髪を後ろで結んで、おでこを出しているので、さらに幼く見える。  でも、校章の色は緑……3年生らしい。 「小鳥とか猫とかハクビシンとか野ウサギとか、可愛いって思ってるでしょ? アイツら園芸部的には敵だかんね」 「ウサギがいるんですか?」 「いや、このへんにはいないけどさー」  とぼけた調子でそう言いながら、彼女はわたしのほうに向き直る。 「きみ、名前は?」 「倉橋樹里(じゅり)です。2年の」 「……樹里! 園芸部に入るために生まれてきたような名前だね!」 「女子の名前って、かなりの確率で、木か花かどっちか一種類は入ってそうですけど」 「あたしは3年の金井友美。園芸部の部長なんだけど、名前は植物にかすりもしてないよ。せめて美じゃなくて実だったらなぁ」  ――金井先輩は、本当に残念そうにそう言うのだった。
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