物語の物語による物語のためのライフ

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 僕は本を読む。  本は僕をいろいろな世界に連れていってくれるし、悩みも解決してくれる。  キーンコーンカーンコーン……。  始業を報せるチャイムが高校中に響き、僕は本の世界から現実に戻った。  僕は読みかけの本を机につっこみ、周りはバタバタと席について静かになった。  けど、静かになると、誰かがくしゃみした声や、シャープペンシルの芯を出すカチカチした音、先生が威勢よく教室に近づいてくる足音、外のツバメのさえずりが響いてくる。  本を読んでいるときのほうが周りはうるさかったはずなのに、今のほうが音がよく聞こえる。それは、周りが見えなくなるほどの集中力を僕が発揮できるからだろう。  いや、ふさいでいたかっただけかもしれない。僕は周りの声を聞きたくなかっただけだ。  友達を作れずに独りぼっちの僕は、にぎやかな声を聞きたくなかった。あの中にいられない自分を比べてしまいそうだから。  だから、本を読んで違う世界に行く。その世界はいつでも僕を待っていてくれる友達のようで、友達がいないという劣等感を解決してくれる。 「今日は進路について考えてくれ」  ぼーっと本のことを考えていると、ジャージ姿の担任の松丘がプリントを配りだした。まだ肌寒いのにいつもどおり暑苦しく汗をかき、それをタオルで拭うと、ラーメン屋の店員のように短髪頭にタオルを巻きつけた。 「進路は成績に関わらずやりたいこと、行きたいところを書いてくれ。いいか。ダメだと思うな。ダメだと思ったらそこで試合は終了だ」  教壇でコートにいるような物言いをする松丘から僕は目を机に落とした。成績うんぬんの前に、僕にはやりたいことがない。しいて言えば……本の世界にいたい。  本に携わる仕事につくのではない。この物語の中に僕は浸かっていたいのだ。特に今読んでいる金田呂蛇(かねだろじゃ)先生の作品に……。けどそれは、生業(なりわい)にはならないだろう。
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