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その男は結婚相談所の斜向かいにあるエステサロンの前で、誰かと電話をしていた。
フロアの端まで届いてしまいそうな話し声は、当然私たちにも筒抜けだった。
「今日の女もマジなかったわ!気合い入れすぎて前歯に赤い口紅がひっ付いてんだよ。マジキモくてさ、もう笑い堪えるのに必死だった!そいつの名前?確か原山だったかなー」
私は隣に川出さんがいるのも忘れて舌打ちをした。
苗字を含めた個人情報を、しかも本人が他人に知られたくないであろう情報を大声で話すなんて信じられない。プライバシーの侵害も甚だしい。
「川出さん、ちょっと見張っててくれませんか?あの男がどこかに行こうとしたら引き留めてください」
「え、見張るって?ちょっと待って」
川出さんに呼び止められた気がしたけれど、私は構わず相談所へと舞い戻った。
私が最初のお見合いであの男を相手に指名したのは、プロフィールデータに学歴や勤務先が詳細に書いてあったからだ。
自身の情報を積極的に開示している人なら信用できるかと思ったが、いざお見合いをしてみると、いかに己の経歴が優れているかを延々と語られただけだった。
百歩譲って自慢は良いとしても、人の話をまともに聞こうとしない。私はあのお見合いで、相槌以外で一度も発声する機会がなかった。
更にはあの男、お見合いの内容を、相手の実名入りで事細かにSNSへと書き込む悪癖があった。
「あら、お忘れ物ですか」
受付スタッフから尋ねられるが、悠長にしていられない。私はすぐさま本題を切り出した。
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