結婚相談所

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ビル裏のこの薄暗い路地を誰も通らなかったのは幸いだった。交際の返事を他人に聞かれる趣味はない。 「一瞬だけ、お待ちいただけますか」 私はポケットからスマートフォンを取り出した。検索をかけて目的の電話番号を表示させる。結婚相談所でいざこざを起こした直後で気まずいけれど、背に腹は変えられない。 「あ、お世話になってます。会員番号A11572の吉田と申します」 通話しながら川出さんを一瞥する。 川出さんは相談所の小部屋にいた時と同じ無表情で、私の様子を見守っていた。 「今しがたそちらでお見合いをしたのですが、お相手からの交際の申し込みを受けようと思います。唐突なご連絡ですみません、時間が惜しかったもので……」 結婚相談所の職員と一言二言交わして私は電話を切った。推奨されるカップル成立手順ではないだろうが、これで相談所に対する義理は一応果たした。 「まずはライトな関係のお友達ということで。連絡先、交換しませんか?」 そう言って私は、スマートフォンを川出さんの方に向けた。
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