お隣さん

12/21
前へ
/270ページ
次へ
すっかり忘れていた。というか、その話題は持ち帰ることになったと思っていた。 川出さんは、変わらぬ無表情でじっと私を見てくる。 「もし僕が吉田さんの隣に引っ越しても良いと仰るなら、あなたが僕の提案を受け入れてくれたものと捉えます。逆に、交際を迫る僕を気持ち悪く思ったなら、金輪際吉田さんにはお会いしませんし連絡先も今ここで消します」 今までになく強気な発言に突き当たり、私は足を止めて逡巡した。 人生において大きな決断を迫られた時、正解だったと誇れる選択を出来るか、失敗したと悔やみ続ける選択となってしまうか。 二択という単純な構造な筈なのに、如何せん人生が懸かって来ると、途端に難しさが増してくる。 「……駆け引きですか、川出さん」 「自分ではそのつもりはないのですが、これは駆け引きになっているでしょうか」 さて、どうすれば良いだろう。 川出さんは品行方正で義侠心がある。私がシゲキックスと諍いを起こした時、身を挺して私を庇ってくれた。名の知れた大手企業に勤めていて社会的信用も折り紙付きだ。 川出さんは淡々と私の返事を待っている。今しがた告白してきたのが嘘じゃないかと思うほどの落ち着きだ。
/270ページ

最初のコメントを投稿しよう!

264人が本棚に入れています
本棚に追加