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「どこまで拭き終えました?」
声を掛けられて、回想からハッと我に返る。
現在私が正面で向き合っているのは、交際を申し込んできた時点の川出さんではなく、ザラザラとした白い壁だ。
「リビング西側の一面と、あとは台所も全部終わりました。東面がまだ半分くらいしか」
「そうですか」
「はい」
会話は終わったはずなのに、川出さんは尚も私を見つめてくる。
上の空で掃除をしたのがバレていたのか、あるいは拭きが甘かっただろうか。ひょっとしたら、川出さんに指示された通りの『三往復』で拭けていなかったのかもしれない。
「すみません」
しかし、先に謝罪を口にしたのは私ではなく川出さんだった。
「え、何がです?」
「掃除を手伝わせるどころか、これといって楽しい話も思い浮かばないので、つまらないですよね」
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