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この人は今不機嫌なのだろうかと、ビクビク顔色を伺わなければならないとすれば嫌だけど、無表情が川出さんの素であることが分かったから心置きなく接することが出来る。
きっと川出さんは笑顔を強要された事があったんだろうなと思いながら、私はまだ掃除の済んでいない壁に手を置いて話を戻した。
「お昼までにこの一面の壁掃除、済ませますね」
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掃除は昼休憩を挟んで夕方まで続いた。
その甲斐あって、天井から床までのあらゆる内壁を拭くことが出来た。
まだカーテンを買っていない部屋は、余すところなく夕日が射し込んで橙色に染まっている。
私は室内をぐるりと見渡した。掃除の前後で見た目に変化があるかと言われると疑問だけれども、何だかとても清々しい。
「これで明日は一気に運び込みを?」
「ええ、さほど荷物はないので早めに終わるでしょうが」
「それなら明後日はゆっくりできそうですね。三連休に引っ越しを設定して大正解じゃないですか」
「お蔭様で」
話しながら、社宅に帰るという川出さんと一緒に302号室を出た。
川出さんは鍵を締めると、私の方に向き直った。
「今日はご協力ありがとうございました」
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