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「こちら、引っ越しそばです。大したものじゃないですが、宜しければどうぞ」
「そば……」
川出さんは受け取った箱を怪訝な顔で見つめている。
「引っ越しそばって、越してきた側の人が渡すのではないですか」
「……え?」
言われてみれば確かにそうだ。初めましての挨拶として越してきた人が、近隣住人にそばを渡す風習こそが引っ越しそばだ。
己の失態に気付き、ぶわっと顔に熱が集まる。
何となくの語感だけで「そうだ、引っ越しを済ませた川出さんにそばを贈ろう」と思いつき、突っ走ったが故のしくじりだった。
何の疑問も持たずにスーパーでそばを購入して、しかもサービスカウンターで包装までしてもらった自分が恥ずかしい。
「あの、すみません、俺が余計な指摘をしてしまって」
「いえ……全ては私のせいなので」
消え入るような声で答える。項垂れたまま顔を上げられなかった。
そんな私に、川出さんは質問を投げ掛けた。
「夕飯、まだ召し上がっていないですか」
「え……あ、私ですか?まだですが」
「では、あと2時間くらい食べずに待っててください」
「はぁ……」
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