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悪魔の瞳のような満月が、地上を軽蔑する、極上の妖しい輝きを魅せていた。血が踊るぜ……そう、僕らは満月の晩のみ、世界最強のパーティーになれるのだ。
僕は円卓につく。そこには人数分、血の湖のようにおしゃれな飲み物が、ワイングラスに注がれていた。
「今宵の勝利に、乾杯を」
僕らは誓いの杯を交わした。
「そろそろいくか」
「少しは楽しませてもらえるといいな。……前回は、弱過ぎてあくびが出た」
勇者である僕の言葉に、聖戦士が余裕の返事をした。
今夜は満月。こんな日は、月の光をたっぷりあびながら、モンスター達を退治するしかないだろう。
僕は世界地図を広げて、現在地を指さした。これから、この街の東にある村がモンスターに襲われるとの情報を得ていたのだ。
武闘家が、月の偉大さを讃える演舞を終えて、まもなく出発しようとした瞬間。
「大変よ!」
窓の外を眺めていた魔法使いの少女が、青ざめた表情で声を上げる。
「どうした、奇襲か?」
何も言わない。可愛らしい指で手招きされた僕は、剣を鞘ごと握り締めて、一瞬聖戦士と目を合わせる。すぐに僕は、魔法使いの少女が指さす方をにらみつけた。
「雨……」
いや、まだ小雨だし。かろうじて、満月は見えるぞ。
しかし。
「僕、おうちに帰るでちゅ」
聖戦士は若者言葉とともに去っていった。
顔をひきつりながらも、ワンドを片手に、魔法使いの少女は強がる。
「わ、私はまだやるからね……あ」
雨は強くなり、満月は雲の中で透けて見える。まだだ、まだ見えるぞ。
「私、お腹が痛いかも」
そう言って、魔法使いの少女はお尻を押さえながら去っていった。
「弱虫どもめ。俺はやるからな」
武闘家は心が一番強い。こんな状況でも、悠然と腕を組んで立っている。
そのとき、雷が鳴った。武闘家は、音に反応して身体をビクッとさせた。
武闘家は小動物のようにへなへなとなり、残念そうにぼやく。
「モンスターは怖くないが。雷様におへそをとられるのは、やだな」
いつもおへそ出しっぱなしの武道着を着ているくせに、斬新な発言だった。やはりおうちに帰った。
僕は大きくため息をつく。一人、剣を抜いた。
「いいよ、僕は勇者。たとえ一人でも行くんだ」
外に出ると、嵐になっていた。雨の中に雨が降り、満月は完全に雲に覆われている。
僕は手に雨しずくを握ると、微笑とともに首を左右に振ってみせた。
「パーティーは協調性が大事だな。僕は間違っていたみたいだ」
みんなごめん……僕は剣を鞘に戻して、帰ることにした。
モンスター退治は来月に見送るか。
村がひとつ滅ぼされても、仕方ない。
今行ったら、小学生にいじめられちゃうからな。
「……なんてね。冗談。B級小説じゃないんだから」
僕はひたすら走った。雨にぬれることを厭うことなく。
到着すると、聖戦士、魔法使い、武闘家、みんなそろっていた。村は、誰もいないみたいにしんとしている。
顔をあげると、雨の中、恐ろしいモンスター達が、群れをなして迫っていた。紅い目の光をした化け物どもが、悲鳴のような咆哮ととともにどんどん距離を狭めている。
僕は、夜の闇を斬り裂くように剣をかかげた。
「おっぱじめるか」
聖戦士はホーリーランスを構えてうなずいた。
「ああ、余興はおしまいだ」
殺気をみなぎらせて、襲い掛かるモンスター達。
僕らは応戦する。
聖戦士の槍で飛び散る、聖なる血しぶき。
魔法使いの少女の掌が、火の玉を生む。飛び立つ。灼熱が、モンスターを洗う。雨でも消せない、地獄をも焼き尽くす炎。
武闘家は、早すぎて見えない。しかし、モンスター達は衝撃音だけで落命。
僕は、すべてを斬る、斬る、斬る。血で濡れた刃を、雨で清める。
モンスター達の死体が足元を転がった。僕は躊躇うことなく蹴飛ばす。
「見えるかどうか何てどうでもいい。……満月の晩なら、僕らは最強なんだ」
文字通り、みんな最強だった。瞬く間に倒れゆく、モンスター達。
全部倒したかと思いきや、目の前に大きな牙をはやした猛獣が現れた。僕は剣で獲物の首を指し示す。
「大ボスの登場か。キミも、僕の剣で眠りなよ」
そのとき、雨がやんだ。
「天候も私達を味方したみたいね」
魔法使いの少女が、いたずらっぽく微笑む。腹痛は五分で治ったみたいだ。
雲間から、月が姿を現す。夜空をそそのかすように、妖しく光る満月……。
「ん、これは」
僕は剣を落とした。途端、みんなも茫然として武器を手離す。
微妙にまん丸じゃなかった。……よくみると、少しだけ欠けている。
「天気予報のおたんこなす。満月なくして、僕の剣は踊らないよ」
身体中の力が抜けていく。
みんな雲の子を散らすように、帰った。見逃してやったのだ。だから、僕らのことも、見逃して欲しい。
家では、満月のプリンの絵を描いて、豊かな夜を過ごした。
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