第2章:グルッフィーズ!

1/1
前へ
/5ページ
次へ

第2章:グルッフィーズ!

1、突然集まって 「どうしたんだ、急に? お前の部屋来るのって久しぶりだけど、本当狭いよな。これだけの人数が集まると、ほとんど缶詰状態じゃないか」  コリーが文句を言うと、リルは静かに答えた。 「いいんだ。これから話すことは、あまり大勢の前では言えないようなことなんだ」 「ずいぶんもったいぶるね。僕なんか、隣の部屋に住んでいるのにわざわざ今日集まることを手紙でお知らせなんかしてさ」  ドフが首飾りをいじりながら言った。リルは、いちいち答えるのが面倒だったので、そのまま聞き流した。ドフも、元々独り言のつもりで言ったらしい。その証拠に、気にせず首飾りをいじっていた。  部屋に居るのは全部で5人。リルと、ドフ、コリー、レイ、ジールの5人だ。リルとドフはベッドの上に座り、ジールは椅子に、レイとコリーはテーブルの上に座っている。 「みんなは彼のことは知らないと思うので、まずは紹介しよう。彼の名前はドフ。俺の小さい頃からの友達だ」  そうリルが言うと、ドフは恥ずかしそうに自己紹介を始めた。 「あ、ど、どうも。ドフっていいます。みんなと同じでリーン・バード高校に通っています。クラスが違うんで、知らないと思いますけど・・・。えーと、あの、その、えーと。まあ、その、そういうわけで、よ、よろしくお願いします」  そう言い終わると、ドフは顔を赤らめて下を向いてしまった。 「よろしくな! 俺の名前はコリーだ!」 「私はレイ。よろしくね」 「ジールと申します。私はリーン・バード中学校三年生です。よろしくお願いします」  ドフは薄気味悪い笑顔を浮かべながら、よろしくと言われるたびに頭を上げ下げした。   ドフは小声でリルの耳元に、こうつぶやいた。 「女の子多いじゃないか! 緊張しまくりだよ!」  自己紹介が終わったところで、リルは本題に入った。 「さて、みんなに集まってもらったのは他でもない。これから重大な話があるから聞いてもらいたいんだ」  リルは、ランじいさんに会ってからの、本に関係のある出来事を全て話した。 「そしてこれがその本だ」  みんながへえーっという中、コリーは一人疑わしい表情で見ていた。 「そんなの信じらんねーよ。胡散臭いぞ! それじゃあ何かってお前、アレン・ドーラのおとぎ話がまさか実話だとでも言うのかよ!」  リルはやっぱりな、という顔をしながら言った。 「じゃあ、試しにこの中に書いてある文章を紙に書いてみるから見ててくれ」  リルは金属製の引出しから一枚の紙を取り出した。こないだのテストの答案用紙だ。 「ここに一枚の紙がある」 「ただの紙じゃねえ! それはお前の30点の答案用紙だ!」  コリーがそう叫ぶと、みんなドッと笑った。   リルはうつむきながら、頭をポリポリかいた。   裏面が白紙でメモ取るのに便利だから取っておいたのだが、今度からは使わないで捨ててしまおう!そう強く思うリルであった。 「・・・まあ、何でもいいから、とにかく書くからな」  リルは答案の裏面にアレン・ドーラの文章を書くと、クシャクシャに丸めて用意していたフライパンの上に投げた。   コリーはリルのやる様を、腕組みしながら見ている。   まもなく丸まった紙からは白い煙が出て、ゴオッと勢いよく燃え出した。 「わあー! すごーい!」  レイが、いつもの明るい調子で言った。   さすがのコリーも、驚いた様子でただじっと見つめている。   普段はあまり関心を示さないジールも、今回ばかりは驚きを隠せないようだった。   ドフは、・・・ドフはというと、火がついた紙ではなくて、レイのことをじっと見ていた。紙に火がついたことよりも、女の子が気になって仕方ないらしい。   レイはふと、誰かから視線がきているのに気づく。チラッとリルを見た後で、今度は視線をドフに移動する。ドフは慌てて視線をフライパンの方へ移した。   レイは気のせいかと思って、再びワクワクして目を輝かせながら、火のついた紙を見つめた。 「しかしなあ、リル。そいつはいけねえよな。いくらなんでも、そいつはいただけねえよ」 「何が?」 「何がって、しらばくれちゃいけねえよ」  コリーが急に真面目な顔になった。 「いくら答案が赤点だからって、燃やして廃棄するのはどうかと思うぜ」  コリーがそう言うと、またみんなしてドッと笑った。   リルのほおは、いろんな意味で少し赤く染まっていた。 2、小さな冒険の始まり 「それで・・・リルさんは、これからどうしたいんですか?」  ジールがニコニコ笑いながら言った。   ジールが自分から質問してくるのは珍しい。笑顔も今日は自然な感じだ。よっぽどこの本に興味を持ったらしい 「そうだなあ・・・。とりあえずだな、アイラ嬢の友達とやらに会ってみようかと思って」 「といいますと、カースブレッドの中学校の生徒だった人に会うんですね」  ジールがそう言うと、すかさずレイがテーブルの上で足をバタバタ上下させながら、はいっと右手を元気よく上げた。 「カースブレッドには中学校が3つあるわ。私、中学校まではカースブレッドに住んでいたし、どの中学校にも知り合いがいたから、そのうち誰かがアイラ嬢のこと知っているかも知れない。手紙書いて聞いてみるわ」 「なるほど、レイは友達が多いからな」   みんなの視線がレイの方に集まった。レイは、両手でテーブルをつかんで体のバランスをとりながら、相変わらず足をバタバタさせている。   一緒にテーブルの上に座っているコリーは、少し迷惑そうな顔をしていた。 「よし、じゃあ頼むよ」 「うん、わかった」  レイが言い終わると同時に、コリーが突然ドンッとテーブルから床にジャンプした。 「あんまり激しく飛び跳ねるなよ。俺もベッドからジャンプするくせがあるから、それでドンって大きな音をさせて、こないだも下の住人に注意されたばかりなんだからな」 「そうか、わりい、わりい」  コリーは、あんまり悪くなさそうな顔をしながら言うと、すぐさま自分の言いたいことを言い始めた。 「とりあえず、俺がリーダーをやりたいところだが、お前が一応その本の持ち主だからな。リル、お前がやれ!」 「リーダー?」 「そうだ。この本の秘密を守り、アレン・ドーラの謎を解明するこの集まりのリーダーだ!」 「賛成! リルさんがリーダーがいいと思います。」 「わかった、いいよ。リーダーやるよ」  パチパチパチッと一斉に拍手が起こった。 「よくわからないけど、なんだかうれしいなあ」 「俺は親衛隊長で我慢してやる」  コリーが付け足したようにして言った。 「何だ、親衛隊長って?」 「親衛隊長は親衛隊長だ。説明、以上!」  まるっきり説明になってない。そうリルは、いやコリー以外全員がそう思ったが、面倒くさいので誰も反論しなかった。 「あとさあ、この集まりの名前決めようよ」  大人しくしていたドフが、初めて口を開いた。   言い終わってみんなの視線がドフに集まると、ドフはまずいこと言ったかな、という表情になった。ドフは、すぐに思っていることが表情に表れるので分かりやすい。   かわいそうに、ドフは下を向いてしまった。 「エンドレス・レインなんてどお? 最近雨ばかり降ってるし」  レイがドフの話に乗ってしゃべると、ドフは急にうれしそうになって、顔を上げて言った。 「うん、いいね。それいいね!」 「いや、だめだ」  そう言ったのはコリー。 「グルッフィーズに決まりだ!」 「何でだよ? 大体グルッフィーってさ、お前んちで飼っている鶏の名前じゃないか」 「そうだ」  コリーは真剣な顔をして、説明し始めた。 「狭いところにいつもこもりっきりのグルッフィーは、雨ばかりであまり外で活動しない今の俺達にそっくりだ。そこでだ。グルッフィーズは、外に出て活動したがっているグルッフィーの代わりに、ジャンジャン頑張っていこうというわけだ」   そんなにグルッフィーが外で活動したがっているのを応援したいんだったら、グルッフィーのことを逃がしてあげればいいだろうがとリルは思ったが、否定しても自分はいい名前が浮かばなかったので、言うのはやめた。  最後にリルは、グルッフィーズのリーダーとして、今後のことについて話した。 「それじゃあ次回集まるときに、レイはまず、手紙の返事について報告してくれ」 「うん、わかった」 「ドフは、この本を貸すからもう一度図書館で調べてみてくれないか?」 「いいよ」 「ジールは、他にもタルサーム伯爵が描いた絵はないか、調べてみてくれ」 「わかりました」 「コリーは、えーっと・・・」 「俺は親衛隊長として、フリーでいろいろ調べてみるから、期待しててくれ!」 「そうか、そうだな。多分お前はあれこれ指示しない方がいいかもしれないな」 「まあそういうことだ」 「それじゃあそういうことで。今後の活動については、次回集まったときに何か進展があったらまた話し合おうか。そういうわけで、今日のとこはこれでお開きっと。ああ、それといい忘れたけど、この本のことは他のみんなには内緒だからな」 「オッケー!」  リル以外全員、声を揃えて言った。   そのあとみんなで軽く雑談し、ドフもだんだんとなれてきたのだった。 3、終わらない雨  翌朝、リルはパンをちぎって、温めた昨日の残りのカレーにつけて食べていた。   ミルクコーヒーを飲みながら、昨日のことについて振り返ってみる。 「結局あの本は、処分しないことになったな。・・・グルッフィーズ、か。・・・まあ別にいいけどな。・・・俺の判断は正しかったのかな? ・・・よくわからないけど、他の誰かに迷惑をかけてないんだから悪いことはしてないだろう」  朝食が終わると、ドアを叩く音がした。 「やあ、おはよう」 「あ、どうもおはようございます」  ランじいさんだ。どうしたんだろうか、朝早くから急に。 「どうぞ、こちらの椅子へ」 「どうも、すまないね」  ランじいさんは、椅子に腰掛け、リルはベッドに座った。 「どうだい、進んでいるかい?」 「はい、まあぼちぼちと・・・」  リルは、昨日のことを全て話した。 「ほう。頑張ってるようだね」  ランじいさんはチノパンのポケットから、煙草を出した。 「一本いいかね?」 「どうぞ」   リルは、飲み終わった空き缶を灰皿代わりに、テーブルの上に置いた。   ランじいさんは、煙草に火をつけて吸い始めた。 「ところで、最近やけに雨が多いと思わないか?」 「そうですね。僕も、たまには外の美しい風景を見たいですよ」  ランじいさんは、煙草の灰をリルの用意した空き缶の中に落としながら言った。 「今、確か本はここにはないんだっけかな」 「はい、そうなんですけど・・・」 「まあ、いいか」  リルの眼には今日のランじいさんが少し奇妙に映る。・・・何かを企んでいるような気がした。   少し考えていると、ランじいさんは煙草の火を消しながら言った。 「雨をやませてみたいとは思わないか?」 「ええっ!」  リルは驚きの声をあげた。何を言っているのか意味が分からない。そもそも天気なんて変えられるわけがない。雨が降るのは自然現象によるものなのだから・・・。 「雨をやませるなんて、無理ですよ。というよりも、時期がきたら自然にやみますよ」 「いや、そんな時期は恐らくこないだろう。このままではリーン・バードの町は、洪水でだめになってしまうよ。この間、2日間だけ晴れた日があったから、それでカヌイ川の水深も少し戻ったけどね。以前も言っただろ?雨がやまなければ、いつかは堤防が決壊するって。…今のままだと、もっても明日までだ。明日の正午、川の堤防は決壊するだろう。そして、リーン・バードの町は・・・」 「そんな!」  ランじいさんは、フウッと一息ついて言った。 「私が思うに、この雨はアレン・ドーラの文章と関係がある」  そう言うと、ランじいさんは椅子から立ち上がって、ドアの方へ行った。 「あとは君たち、若い人にお任せするよ。私はこれで帰らせてもらう」 「そんな、ちょっと待ってくださいよ、ランじいさん!」 「私は、これ以上はわからない。ここから先は、君たちグルッフィーズの役目だ」  バタン。ドアが閉まる音がした。 「そんな、バカな。明日、リーン・バードの町は滅んでしまうのか? 一体、どうしたらいいんだ・・・」  ベッドの上でうずくまりながら考える。 「ダメだ、一人で考えていても埒があかない。みんなを呼ぼう!」   リルはドアを開けて通路に出ると、ピー、ピーっと口笛を吹き始めた。すると雨にもかかわらず、何羽かアクルソールと呼ばれる伝書鳩がリルの元へと近寄ってきた。   アクルソールという白い鳥は雨でも平気で飛ぶ鳥で、夜でも目が利く。この鳥は一度行ったとこは迷わず何度でも行き来するという習性があるので、伝書鳩として売られている鳥だ。   リルは野生のアクルソールを自分で調教して、大家にばれないようにこっそりと伝書鳩として飼っていた。郵便を使うとお金がかかるので、アクルソールを利用するのだ。   リルの手なずけているこの伝書鳩には、それぞれ足に色のついたリボンが巻きついている。青がコリー、ピンクがレイ、イエローがジールの家に行く伝書鳩だ。   リルはそれぞれの伝書鳩の足に、「グルッフィーズ集合!」と大きく書いた紙を入れたビニル袋を紐で縛りつける作業を始めた。 「強く縛りつけると伝書鳩がかわいそうだな。かといって、弱く縛って紙が途中でなくなっても困るしな」  何とかこのでかい紙を伝書鳩達の足に全て縛り終わった。 「よし、頼むぞ!」   伝書鳩達は一羽、一羽と順に、遠くへ飛び立っていった。 「大丈夫かなあ、雨降ってるし。お願いだから、しっかり届けておくれよ! リーン・バードの町の存亡は、俺達グルッフィーズにかかっているんだからな!」 4、グルッフィーズ、活動開始!   お昼を過ぎたあたりで、やっと全員が集合した。 「よかった、なんとか全員集まったか」  テーブルに腰掛けているコリーが言った。 「突然集合をかけるだなんて、どういうつもりだ? これからグルッフィーズ、作戦会議か?」 「そうだ、その通りだ」  リルは、コリー達にランじいさんと朝話した内容を説明した。 「さっき下の階の人から聞いたんだけど、明日午前3時になっても雨がやまなかったら避難を始めるってことが、町全体で決まったんだって」  ドフが首飾りをいじりながら言った。 「そう・・・。でもねえ。どうしたらいいのかしらね」  いつも元気なレイが不安げな言葉を発したので、みんな思わず下を向いてしまった。   これではいかん、と考えたリルは、何とかみんなを鼓舞しようとした。 「手がかりは、ある。ランじいさんの言葉だ。この雨は、アレン・ドーラの文章と関係があるって、言ってたぞ」 「もしそれが本当なら、この本のどこかに答えがあるのかもね」  ドフはパラパラと本をめくりながら言った。 「本に書かれたメモ書きは一通り読んだけど、どこがこの雨と関係があるのかは、わからないけどね」  リルは、ハッとして言った。 「ひょっとして、世界の終わりって書いてある箇所と関係があるのかも!」  みんな一瞬驚いて、リルの方を見た。 「永遠にやまない雨を降らせることで、世界中大洪水になる。それで世界を終わらせるという・・・」  そこまで言ったところで、コリーが口をはさんだ。 「いやあ、それはないだろうよ。第一、それじゃあ人は死なないぜ」 「どうしてだ?」  コリーは、鼻をこすりながら言った。 「俺は泳ぎが得意だ!」  リルはあきれた顔をして言った。 「そんなのは理由にならないだろ!」 「まあ、いいから。それはないって。次行こう、次」  コリーの強引な言葉で、話は振り出しに戻ってしまった。   しばらく沈黙が続く。 (・・・まずい。まずい雰囲気だ。こういうとき、リーダーなら何か言わないとな)   リルがそう思っていると、ジールが口を開いた。 「あの、私ちょっと気になることがあるんですけど」 「何だ? ちょっと言ってみてくれ」  ジールの言葉にほっとする。気まずい沈黙だけは嫌だった。 「アイラ嬢のことなんですけど・・・。」  その言葉を聞いて、リルはガクっときた。 「あのさあ、ジール。今は雨をやますことについて話し合っているんだ。アイラ嬢のことはとりあえず置いといてさ」 「リルさん、そうじゃなくて」  ジールは少し怒ったような顔をして言った。   何かまずいこと言ったかとリルは首を傾げる。 「アイラ嬢の絵にも、不思議な文章が書いてあったんですよね? 私が思うに、それが原因でこの町にだけ雨が降っているのではないかと」 「それだ!!」  リルは大声で叫んだ。 「それならつじつまが合う。アイラ嬢の絵に書いてあった文章は、一度ランじいさんの家で書いてみたんだ。ところがそのときは何も起こらなかった。実際は何も起こらなかったのではなくて、すでに雨が降っていたせいで、気づかなかっただけだったんだ!」 「よし、これからバレンス美術館に向かうぞ! みんな、俺について来い!」   コリーの言葉を合図に、みんな部屋を出る用意を始めた。   それを見ていたドフは、慌てて言った。 「ちょっと待ってくれよ!」 「どうしたんだ?」  ドフは、トントンと軽く胸を叩いた。   みんなの視線が集まった状態でしゃべるのは、まだ緊張するらしい。見ると、左手でぎゅっと首飾りの剣の部分を握り締めている。どうやらそこを握り締めると、フェニックスの白い勇者が勇気を与えてくれるらしい。   あの首飾りは、いつのまにかドフのお守りになったのだろうか? 「アイラ嬢の絵は、バレンス美術館が買い取ったものなんだよ。赤の他人が絵の作者を書き消して他の字を書いたとしても、名画であることには変わりないんだ。果たして僕たちが言うのを聞いて、アレン・ドーラの文章を消してくれるだろうか?」  一同、シーンとなってしまった。   またこのまま長い沈黙に入っていくのかと思いきや、コリーがしゃべりだした。 「長老に聞いてみたらどうだ? 館長と仲がいいんだろ?」 「長老?」 「ランのおじいさんに決まってんだろ。彼には、グルッフィーズの長老として活躍してもらうことになった」  レイが、わーっとニコニコしながら拍手し始めた。   ランじいさんは自分が知らない間に、勝手にグルッフィーズの長老に任命されていたのだった・・・しかも、親衛隊長から直々に・・・。 5、長老の知恵 「ランじいさん、こんにちは」  リルたちは、ランじいさんの部屋のドアを開けた。 「おお、こんなに大勢で。グルッフィーズの皆さん、ようこそ。さあ、どうぞ中へ」 「長老!どうもこんにちは。親衛隊長のコリーです。よろしく!」 「ホッホッホッ、こちらこそよろしくね」  リルは、アイラ嬢の絵の文章を消すことについて説明した。 「そうか。それは難しいな」 「長老! 長老は、館長と仲がいいと聞いております。長老の人脈で、何とかならないものでしょうか?」  コリーは必死になって訴えた。   ランじいさんも、一生懸命考えている様子だ。 「あの絵はいくら位するのだろうかね?」  長老の質問には、ジールがすかさず答えた。 「少し調べてみたんですけど、あの絵は地元でかなり有名みたいですよ。うちの母まで知ってました。なんせ、リーン・バードの住人からの要望で、再び美術館に置くことになった作品ですからね。美術館側も、あの絵のおかげでお客が増えたって、喜んでいるそうです」 「そんなにいい絵なのか、あれは? 絵なんてどれも似たり寄ったりにしか見えなかったけど。俺がセイレーンの絵をいいなあって思った理由は、ただ単に絵の女性がきれいだったからなんだけどな」  リルにはアイラ嬢の絵の価値が、さっぱりわからないのだった。 「あ、それと言い忘れましたが、タルサーム伯爵の書く絵は、安くても家一軒立つ以上の値が付くのが当たり前だそうです」 「家一軒!」 「なんだそりゃ! そんなら絵を描くだけ描いて、後は遊んで暮らせばいいじゃねえか!」  ドフとコリーが驚きの声をあげた。 「あの絵ってさ、名前のサインのところが不思議な文章で消されているじゃん? それでさ、何ていうか・・・そう、タルサーム伯爵が描いたという証拠がないわけだ。だからさ、それで安くしてもらえるんじゃないの?」  そうリルが提案すると、あっさりジールに否定された。 「それは無理です。あの絵はタルサーム伯爵が描いた代表作で、サインがなくてもみんな作者はタルサーム伯爵だって知ってます。ですから、サインがないくらいで絵の値段が大幅に落ちるとは思えません」 「そっか。それじゃあ買い取るのは無理だな。ああ、一体どうしたらいいのか・・・。カムイ川の堤防が決壊してしまったら、美術館の絵だって全て台無しになってしまうのに・・・。堤防が決壊してしまうから絵を下さいじゃ、やっぱりダメか? ダメに決まってるよな。第一、筋が通ってないよな、この言い方」 「なんとか説得できるように、ジャンに手紙を書こう。君たちはこれを持って行ってくれ」  そう言って、ランじいさんは手紙を書き始めた。リルたちは黙って、その後ろ姿を見ていた。  10分くらい経ち、ランじいさんは手紙を書き終わった。 「よし、この手紙をジャンに渡してくれ。日が暮れて美術館が閉まってしまう前に、早く行きなさい」  お礼を言うと、グルッフィーズのメンバーはバレンス美術館へと向かった。時計の針は、3時を過ぎていた。   行くのには30分くらいかかるけど、閉館時間は5時だからまだ十分間に合う。リーン・バードの人々の平和な暮らしは、俺達グルッフィーズが守る!そうリルたちは心に誓うのだった。  傘をさし、バレンス美術館へとグルッフィーズのメンバーとともに歩く道すがら、リルはランじいさんとの会話を思い出していた。 「この手紙には、大体こんな感じのことが書いてある。・・・親愛なる友に忠告する。あれからあの不思議な文章について調べてみた。どうやらあの文章には不吉な呪いがかけられているらしい。ほおっておくと、大変なことになるだろう。だから早いとこ、上から絵の具で塗りつぶすなりして消した方がいい。と、まあこういうことだ」 「もしそれで館長が消してくれなかったら?」 「そのときはそのときだ。君たちグルッフィーズの活躍を期待してるよ」  ・・・グルッフィーズの活躍を期待してくれているのはうれしい。しかし、失敗したら責任重大だ。いつのまにか何千人もの命を預かっているのだ、グルッフィーズには・・・。発足してまだ二日目にもかかわらず・・・。 6、リーン・バードの終わり?   ようやく美術館に着いた。受付を通り過ぎようとすると、受付の女性に呼び止められた。 「お客様。恐縮ですが入館料というものを払って頂かないと、中には入れないんですよ」  リルはすっかり忘れていたが、入館料無料のキャンペーンは、もうとっくに終わっていたのだ。気を取り直して、ここで交渉開始した。 「実を言いますと、僕たちは館長の友人からの手紙を預かってまして。これを館長に渡していただきたいのですが」 「わかりました。少々お待ちください」  二人いる受付のうち、一人が中へ呼びに行った。 「それにしても、5人で入り口で固まっているのは邪魔だよな」   トントンと、指で軽くリルの肩を誰かが叩いた。   ドフだ。   ドフが小さな声で、ハアハア言いながらリルにつぶやく。 「受付のお姉さんさあ、わりかしきれいだよね」 「この期に及んでよくそんなこと言ってられるな。・・・まあいいか。真面目に考え過ぎても結果が変わるわけではないし」  気のせいか、レイがいつもに比べて落ち着かない感じがした。  レイはもともと活動的な女の子だから、美術館なんて場違いなところにいると、きっと落ち着かないんだろうとリルは思った。  ジャンを呼びに行った受付の女性が戻ってきた。   ジャンも一緒だ。   ジャンは相変わらずサンタクロースのようなひげを生やしているが、前あったときと同様に、どういうわけか顔立ちはどこか気品がある。毎日芸術作品に触れていると、自然とそういう顔になってくるのだろう。 「おお、君か」  ジャンはリルの顔を覚えててくれた。 「これがその手紙です」  リルは手紙をジャンに渡した。 「どれどれ・・・」  ジャンは手紙を読み始めた。 (頼む、フェニックスの白い勇者! もしいるんだったらリーン・バードの町を救ってくれ!)   リルだけでなく、グルッフィーズのメンバー全員が、祈りたい心境だった。  ジャンは読み終えて、手紙を腰のポケットにしまった。   受付の女性に、なにやら耳打ちをしている。   何を話しているのか、微妙に気になる。   その受付の女性がどこかへ行ってしまうと、ジャンが振り返って言った。 「とりあえず見てみようか。君たちも一緒に来なさい。」   リルたちはジャンのあとをついて行った。 「一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」 「なんだね?言いたまえ」 「あのアイラ嬢の絵は、最近外に持ち出したことはありますか?」 「あるね。こないだ、一日だけミリアスの祭りのために貸し出したんだ。まあ正確に言えば、ミリアスはけっこう遠いいんで前日の昼頃から運んだから、外に持ち出したのは二日間だね。ただ、雨が降ってしまって、お祭り自体は台無しになってしまったんだ」  雨が降らなかった日が、二日間あったことを思い出す。そう、そのとき絵はミリアスの町にあったのだ。 「次の日にちょうど50周年記念で入館料無料キャンペーンを始める予定だったからね。それに間に合うように、深夜に大急ぎで絵を館内に戻したんだ」  それで深夜に雨が降って、リルは次の日お腹を壊したのだ。なるほど、つじつまが合う。  絵の前に来ると、何も言わずにジャンは絵をじっと見つめている。   ジャンはどうするつもりなのか?   リルたちがそわそわしながら待っていると、さっきの受付の女性が絵を描くための道具を持って来た。ジャンは礼を言って道具を受け取った。 「私は、この手紙の内容を信じるよ。」   ジャンはそれだけ言うと、ためらいもなく文章のところを、背景の部分と似たような色で塗りつぶしてしまった。   もうあの不思議な文章は、少しも見えない。   この絵の見た目は作者のサインがない、作者未詳の絵という感じになった。   リルたちはそれを見るなり、心の中でやったーっと叫び、みんな顔をほころばせながらお互いの顔を見つめ合った。  一階に降りたとき、リルはジャンに尋ねた。 「どうして手紙に書いてあることを信じようと思ったのですか?」  ジャンは、リルの眼をじっと見つめた。それまでリルは、じっくりと真正面からジャンの眼を見たことはなかった。ジャンの眼は、どんな言葉でも言い表せないような、深い温かみのある神秘的な眼をしていた。リルは、ジャンの不思議な輝きを放つ瞳の深さに圧倒された。 「私はかなりの年でね。もう、後何年生きられるかわからない。そして、ランはこの世で存在する、唯一の幼なじみなんだ。その彼が言うんだ。別にそれが真実であるかどうかは、私にとってはどうでもいいことなんだ。周りの人々はあの絵を名画と褒めちぎるが、私に言わせれば、名画と言っても所詮命のかよわぬ物にすぎない。私にはものやお金よりも、生きている友からのメッセージの方が数百倍大事なんだ。・・・こんなこと言っても、君たちには難しいかもしれないな。今日はどうもありがとうね。また暇があったら遊びに来るといいよ」  そういうと、ジャンは行ってしまった。   彼がどこか気品のある顔立ちをしているのは、芸術作品に囲まれているからではない。それは、彼が長年生き続けた足跡から、自然にかもしだされる雰囲気なのだと・・・リルにはそう思えたのだった。 7、長い夜  にやけながらコリーが、リルの肩を叩く。 「どこか、食べに行こうぜ。グルッフィーズの初任務達成を祝って、今日はこれから打ち上げだ!」 「いいね。大いに盛り上がろう!」  何だかんだ言って、無事に終わって本当に良かった。これでリーン・バードの町は救われる! リルはフェニックスの白い勇者に、心の中で感謝した。  グルッフィーズのメンバーは、大はしゃぎで美術館の外に出た。   しかし、そこでメンバー全員が、愕然とする風景を目の当たりにするのだった。 「あ、雨が降っている・・・。一体・・・なぜ?」  永遠に降り注ぐ雨・・・。狂いだした運命の歯車は、もはや誰の手にも止められないほど回り過ぎてしまったのだろうか・・・。雨の中、5人は傘もささずにただ立ち尽くすだけだった・・・。 「とりあえず、いったんここで解散しよう。みんな、避難する準備をしたほうがいい」  リルの声には少し元気がなかった。他のメンバーたちも、傘もささずにゆっくりと歩いていくのだった。   部屋に着いたリルは、椅子に腰掛けてふうっとため息をついた。しばらくボーっとしたのち、このままでは埒があかないので、ミルクココアを飲みながら荷造りを始めた。・・・この町を出るための荷造りだ。  リルがテーブルの上で黒いリュックに荷物をまとめていると、ドアをノックする音が聞こえた。 「誰だ、一体・・・。リーン・バードの町ももう終わりだから、お別れのあいさつをしにでも来たのか?」  ドアを開けると、目の前にはレイが立っていた。   髪が少しぬれていて、目からは涙が少し流れていた。 「あの、どうしたん、だ?」  いつになくぎこちない話し方になってしまった。リルは、意識しているのを悟られないように、視線をそらした。   まるでドフのようだ。 「私は帰らないわ。明日の午前3時までここに残るの」 「ええ!?」  突然のレイの言葉に、驚きを隠せなかった。 「どうして帰らないんだ?」 「帰りたくないから帰らないの」 「いや、まあね、気持ちはわかるけどさ。でも、もう仕方のないことなんだ・・・」 「私は絶対に帰らないからね。もう、決めたんだから。帰りたい人だけ帰ればいいじゃない」 「そうは言うけどもね。現実問題としてだな・・・」 「リルは、私がここにいては困るの?」 「別にそういうことを言っているんじゃなくてね。レイのことを思って言ってるんだよ」 「私のことを思ってくれているんだったら、私が帰らないようにやさしい言葉をかけてよ」  レイの言動にリルはいぶかしく思う。さっき、雨にあたり過ぎて頭がどうかしちゃったのではないか? 「わかったよ。まあとりあえず、立ち話もなんだから中に入れって」  リルがそう言ってレイに背を向けた瞬間、レイは背後からいきなりリルに抱きついてきた。   リルは、頭の中が真っ白になった。レイはそのまま何も言わない。   リルは黙ったまま、背後に抱きついたレイを一旦両手で自分から離し、レイの方を振り返った。   少し距離が出来ると、レイの顔が見えた。赤くなった眼にたくさんの涙をため、耳からはよく似合うセルシウスのリングピアスが、部屋の明かりを反射してキラキラと輝いていた。  じっと間近でリルの眼を見つめたレイが、静かにしゃべり始める。 「リル、あなたはグルッフィーズのリーダーでしょう?まだタイムリミットまで時間があるわ。あきらめないでよ」  リルは、レイの言葉を聞き流しながら、テーブルに置いてある飲みかけのミルクココアを飲んだ。  そのとき、ほおに涙が静かに流れているレイの顔を見て、ハッとした。 「レイ、お前は・・・ひょっとして」  レイは、涙をぬぐい、微笑んだ。 「やっと気づいてくれたんだ・・・。もっと早くから気づかないと・・・ダメじゃないの。私・・・ずいぶん待ちくたびれたわ」  リルはレイの肩を両手でつかんだ。 「レイ、お前がそうだったのか・・・」  リルは、レイに顔を近づけ、レイの眼をじっと見つめながら言った。 「お前だったのか・・・アイラ嬢の正体は・・・」  外は雨だけでなく、風も出てきたようだった。部屋を閉めていても、嵐のようなすさまじい音は少しもやまない。リーン・バードの町を滅ぼそうとしている悪魔は、すぐそこまで来ているようだった。 8、アイラ嬢の過去  見つめ合いながら、今度は自分からリルはレイを抱き寄せようとした。レイも、逆らおうとはしない。  その瞬間、ゆっくりとドアが開いた。 「はいはい、お二人さんストップね」  見ると、コリーとジールがいるではないか! 「俺たちもやっぱり戻って来ちったよ。一部始終は聞いてたからさ。とりあえず、レイの話を聞こうぜ」  レイは、普段と同じような口調になって話し始めた。 「えーとね、どこから話したらいいのかな」 「どうしてレイという架空の名前を使っているんだ?」 「ああ、それはねえ。違うんだよ。私はねえ、レイが本名なんだ。だから高校では、レイって名前を使ってるの」 「でも、親であるタルサーム伯爵がつけた名前はアイラなんだろう?」 「うん。そのことなんだけどさあ・・・。私・・・親がもういないんだ」 「え、だって・・・」   バレンス美術館に飾ってあった、2枚の絵をリルは思い出した。 「絵に描かれたアイラ嬢とタルサーム夫人の赤い髪は、親子であることを証明しているみたいだったぞ」 「本当の親子であるかのようにするために、私は髪を染めさせられたのよ。でも、本当の地毛はこれなんだ」  レイは、手櫛でブロンドの髪をとかして見せた。 「私が7歳の時に、両親は亡くなってしまったの。二人とも当時流行った伝染病にかかってね。私だけが生き残っちゃってさ。それで誰も引き取り手がいなかったんだけど、そのとき拾ってくれたのがタルサーム伯爵なんだ」 「へえー、いい人じゃん」 「いい人って言うか・・・あの人さ、ちょっと真面目すぎたんだよね。絵だけでなく、自分の人格も完璧にしておきたかったらしいの。それが裏目に出てね。いつからか、時々人が変わったように家庭内暴力をふるうようになったの。普段は人格者のように振る舞っていたから、周りに住んでいた人は、そんなことをしていただなんて、夢にも思わなかったでしょうね。だんだんそれがひどくなっていってね、ついに毎日暴れるようになったの。それで、結局二人は離婚したの。まあ離婚した直接の原因は、夫人が伯爵の部屋にあったゴミを、勝手に捨てたのが原因だったみたいなんだけど。勝手にゴミを捨てただけで怒るだなんて、はっきり言って理不尽よね」  リルは、ジャンが言っていたことを思い出した。 「ジャンは、タルサーム伯爵は奥さんと娘を連れてどこかに引っ越したって言ってたぞ。」 「表向きはそういうことになっているけどね。三人で仲良く家を出たふりをしてね、別の町で離婚したんだ。私はタルサーム伯爵についていくことになったんだけどさ。さすがに離婚までしてね、だいぶ反省したみたいなの。また家庭内暴力を振るうといけないからってね、私をしばらく一人暮らしさせることにしたの。それで今はリーン・バードに住んでいるってわけ」  コリーが、赤い帽子を上に投げてキャッチする動作を繰り返しながら言った。 「タルサーム伯爵は、今どこに住んでいるんだ?」 「ミリアスの町でひっそりと暮らしているわ。一人で今までやった自分のあやまちを振り返りながら、懺悔の日々を送っているみたいよ」  リルは、声をつまらせて言った。 「どうしてさ、黙ってたんだ? 俺たちになら話してもよかっただろ? 自分がアイラ嬢だってことをさ」  レイは下を向いた。 「ごめんね、リル・・・」 「え、いや・・・別に謝らなくてもいいよ。ただ、何で教えてくれなかったのか、不思議に思って」  レイは、顔を赤らめて言った。 「リルがさ、一生懸命私の絵を見てくれてさ、考えてくれているのがうれしくって・・・。話してしまったら、リルがアイラ嬢に興味がなくなってしまうのかと思うと、楽しい夢から覚めるようで怖くて・・・。でも、一方でね。アイラ嬢の正体は私なんだぞってね、早くリルに知ってもらいたいと思うもう一人の自分が心の中にいたの。だから・・・。自分でも、今何がしたいのか、よくわからないわ・・・」  リルは、やさしい眼差しでレイを見た。 「今レイがやりたいことなんか、決まってるだろ? グルッフィーズのメンバーとして俺たちと一緒に、リーン・バードの町を救うために最後まで戦い抜くんだ! そうだろう?」 「そうだね!」 「よし、最後までやってやろうぜ!」 「エイ、エイ、オー!」   ちょうどそのとき、ランじいさんに報告に行っていたドフが戻ってきた。 「ずいぶん時間がかかったな。お前がいない間に、重大ニュースができたぞ」 「本当? こっちも重大ニュースがあるんだけど。とりあえず、そっちから言ってみて」  ドフはベッドの上に腰掛けた。 「アイラ嬢の正体はレイなんだって」 「え、ウソ!」  ドフは不思議な顔をしてレイの顔を見つめた。レイは恥ずかしそうに下を向く。 「で、そっちのニュースは?」  リルの言葉にドフは慌てて答える。 「雨のやませ方がわかったんだ」 「ええ! マジで?」  今度はリルたちが驚く番だった。みんなの視線がドフに集まる。 「ほら、この紙くず」 「それは・・・?」 「以前、アレン・ドーラの文章を書いた紙だよ。こないだのゴミの日はね、珍しく長老も出さなかったんだ。長老は読書家だからね、よく古本市とかに行くんだ。朝御飯が食べ終わると、いつも朝の読書をするのが長老の日課なんだ。ところが、こないだは読書に熱中しすぎてゴミを出すのを忘れてしまったらしい」  そう言ってドフは、テーブルの下にあるゴミを入れる大きな円形の缶を出して、その上で紙くずをビリビリに破いて捨ててしまった。   グルッフィーズのメンバーたちは、打ち上げのためにコリーの行きつけの屋外レストラン、ビーンズへと向かうのだった。   一行は夜であるにもかかわらず、にぎやかだ。雨をやませるために費やした労力と時間が、そのまま今の喜びへと変わっていた。・・・みんなが笑いながら話している中、一人考えごとをするリルがいた。 (これで、本当に終わりなのか? いや・・・何か、一番肝心なことを忘れているような気がする・・・。それが、とんでもなくまずいことにつながっていて、今のうちに早く手を打たなくてはいけないような気が・・・) 「ねえ、リル。腕組んで歩こうよ」  甘えるような声で、レイが話しかけてきた。 「そうだな」  レイが、満月を指差しながら叫んだ。 「今宵は月光浴を、大いに楽しもうよ!」   月の光に照らされたレイの横顔を見つめていると、リルの考えごともどこかへ飛んでいってしまうのだった。 「店についたらさ、ぶどうのワインで乾杯しようよ」 「屋外の店らしいからな、グラスに入ったワインの中に月を入れてね」 「うわあ、なんだか楽しみだね!」  お店に着くと、盛大に打ち上げは行なわれたのだった。  そして・・・。  朝帰りをしたリルは、吸い込まれるようにしてベッドの上で、深い眠りに落ちた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加