長崎くんのこと 2

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長崎くんのこと 2

   展開を飲み下せないまま黒川と名乗る謎の男について行った僕は、ラブホテルのベッドの上で我に帰った。  いくら失う物が無いとはいえ、見知らぬ男と二人っきりで自分は一体何をやっているんだ。自暴自棄にも程がある。  ――溜まっているんだろうか。  無意識に欲望に背けなかったのかと自身を理性を疑うが、下半身の状況を見る限りそういう事でも無さそうだ。  別に、重なる不幸とストレスで不能になった訳では無い。現に、出て行った恋人の痕跡を部屋の中に発見する度、涙と共に精液も排出するという情けない日々を送っている。  「長崎くん、お風呂にお湯入れたよ」  バスルームから黒川が顔を覗かせた。無駄に広いベッドの周りに、湯気がふわりと立ち込める。  曇る鏡に視線を張り付けたまま動かない僕を不審に思ってか、黒川がバスマットで足を拭いて部屋に戻って来た。  「長崎くん、疲れた?」  黒川の体重を受けてベッドが緩く軋む。細身だが、服の中にはしっかりした体躯を持ち合わせているようだ。  「俺は別にこのままシテもいいんだけど、冷えたからお湯に浸かった方が良いんじゃないかな」  伸びっぱなしの前髪を分け入る様にして、黒川が視線を覗かせる。  その黒目がちな瞳を見つめているうちに、僕は何だかクロ助が人間に化けて目の前に存在しているようなおかしな気持ちになった。  「ねぇ、君が僕の猫なんじゃないですか?」  明後日からの僕の台詞に黒川が目を丸くして、次の瞬間盛大に噴き出した。  「――なんで、笑うんですか?」  なかなか途切れない笑いに苛立ちを覚えた僕は、抗議を交えた疑問をぶつける。が、目じりに浮かべた涙を人差し指で拭う黒川は、さも可笑しそうに腹を抱え続けるだけだ。  「もう、いいです」  そっぽ向く僕の不機嫌を察して「だってさ」と、ようやく黒川が弁明を始める。  「俺よりも、君の方がよっぽど捨て猫みたいだったからさ」  「捨て猫って――。確かに僕の身なりはお世辞にも綺麗とは言えないかもしれませんが。あなたに捨て猫呼ばわりされる筋合いは無いです」  「あなたじゃなくて、黒川ね」  言って、馴れ馴れしくも僕の肩に腕を回してくる。見てくれの良い男が物慣れた態度で距離を縮めてくる事に、何だか更に腹が立った。  「...黒川さん。ここまで来ておいて何なのですが、僕はあなたとどうこうなるつもりは無いです。単に同情とかなら...そういうの、必要無いんで」  黒川は少し黙ると、更に深く僕の顔を覗き込んできた。黒髪がサラリと零れ、白い額が露わになる。  ――案外、コイツ若いんじゃないか?  髪で隠れていた顔をよく見ると、確かに整ってはいるが存外幼い印象を受けた。筋肉質な身体と太々しい態度に胡麻化されていたが、年齢は僕と同じくらいか、若しくはもっと下かもしれない。  「長崎くん、色々間違ってるよ」  「は?」  「長崎くんの身なりは可愛いよ。大き目のトレーナーが華奢な身体にだらしくなく無い程度に馴染んでるし、JOURNAL STANDARDのパンツも凄く似合ってる。それ、俺も買おうか迷ったやつだ。」  いきなりファッションチェックみたいな事をされて、ペースが削がれる。僕は別にお洒落が好きな訳では無いが、頑張ってはいたのだ。元恋人のために。  「それと、俺が長崎くんをここに連れて来たのは、別に同情なんかじゃない。見ず知らずの人間に同情する謂れは無いからね」  「...それは、ごもっともですけど。じゃあ、何で見ず知らずの僕とこんな所に来たんですか?」  「ヤリたかったからだよ」   ストレートな物言いに、思わず言葉に詰まってしまう。  「単に長崎くんとヤリたかったんだよ。言ったじゃん、可愛いって」  「可愛いって...。僕も先ほど言いましたが、こう見えてバリタチなんです。黒川さんのご希望には添えないかと思います」  「長崎くん、一つだけ合ってたよ」  黒川はいきなり僕の首に腕を回すと、すりすりと頬を寄せ、あろうことか舌でベロリと首筋から顎に向けて舐め上げた。そのザラザラした舌の感覚は、まるで本物の猫みたで、僕を混乱させる。  「ねぇ、長崎くん」  耳元に熱い息がかかり、下半身がピクリと反応するのが分かる。全く現金なものだ。  「俺は君のじゃないけど、ネコなんだよ。あんま、見えなくて苦労するんだけどさ」  ――え?  驚いて、寄りかかる黒川の体をべりッと剥がす。彼の見てくれからして、僕の想像は以下の二パターンだったのだ。  その一:調子こいたイケメンのバイが、イキったタチ専の処女を奪いにきた  その二:ヘテロセックスに飽きたイケメンが、興味本位で男に手を出しにきた  が、そのどちらでも無かった。黒川の言葉を信用するならばだけれど。  「けどさ、この後の流れによっては俺が長崎くんのネコになるかもしれないよ。気に入ってくれればの話だけど」  茫然とする僕を、黒川が愉快そうに眺める。タラシを物語るタレ目が狡猾に光り、悔しいけれど抗えない。  「長崎くんはボッチだって言うけどさ、俺はビッチだから。目の前に現れた好物を逃す気はないよ」  表明通り淫乱を絵に描いた様な動作で、黒川の口が僕のズボンのファスナーをこじ開ける。既に下着を押し上げかけているそれは、吐きかけられる息に反応してヒクリと震えた。  「ちょっ、やめてくださいッ」  ――これ以上はダメだ。コイツのペースに持っていかれる。  黒川の頭を無理やり引きはがそうとするが、逆に手首を掴まれて自由を奪われてしまった。息を荒げる僕を見て満足そうに微笑んだ黒川は、膨らんだ股間を下着ごと口に含んだ。  ――ッッ!!  そのまま強く吸われ、唾液に混じってジワリと下着に染みが広がる。同時に、湿り気を帯びた肉欲的な匂いが室内に立ち込めるのが分かった。  「長崎くんの、大きくなったよ」  下着を引き下げられ、ガチガチに固くなったそれがブルンと勢いよく頭をもたげる。先端から溢れるさきばしりが、ねっとりと光って糸を引いた。  「美味しそう。食べていい?」  黒川は宣言通りのビッチな表現で誘うと、自身のベルトのバックルを外し、ファスナーに手をかけた。  「やめてください、ほんとにッ」  自由になった手で、慌ててズボンを降ろすのを止めさせる。  「...なんで?長崎くん。俺の中に入りたくないの?」  「ちがう...」  「何が違うの?」  「怖いんだ。誰かと繋がるのが。どうせ、また放り出されて独りになる...」  「...そっか」  意外にも黒川は深追いせずに、ファスナーを上げてベルトを締めなおした。  そして上目づかいに僕を見ると、困った様に笑った。  「けど、長崎くん。コレはどうするの?」  まだ完勃ちのままの自身を指さされ、思わず赤面する。  「ねぇ、苦しいでしょ。口でするだけならいい?」  理性と性欲の狭間で、図々しい欲望が優勢する。悔しいが、魅惑的な提案に腰が疼いてしまった。  負けを認めながら、僕は震える様に項垂れる。  「長崎くん、気持ちよくなるだけだよ。あんまり深く考えないで」  ざらついた黒川の舌が、唾液に塗れて僕を絡めとる。  ジュボジュボという卑猥な音と共に扱かれ、目の前がみるみる白く濁っていく。  「ふっ...」  快楽が羞恥に打ち勝ちそうになり、漏れ出る声に歯を食いしばる。  「長崎君、声がまんしないで」  一旦口を離した黒川が、滴る唾液を手の甲で拭う。そのあまりに卑猥で美しい姿に、きゅっと胸が詰まった。  「俺に任せて、ヨクなってよ」  黒川は妖艶に笑うと、そそり立ったままのそれを再び口に咥え込んだ。  「やだっ、だめ」  今度は押しのけられる前に、黒川が両手に指を絡ませてくる。  舌で翻弄されながら強く吸われ、腰が揺れるのを我慢出来ない。  「ひもひい?(気持ちいい?)」  咥えたまま黒川が問いてくる。震える喉の振動と、軽く立てられた歯の先に、もう何も考えられなくなる。  最早イキたいしか分からなくなり、気が付くと夢中で腰を打ち付ける自分がいた。  「あっ、気持ちい...」  両手を絡ませながら、顔を赤らめた黒川が僕を見上げる。潤んだその瞳と目線を合わせた瞬間、快感が脳天を突き刺した。  「イクッ...でるッッ」  口を離させる間が無く、喉目掛けて打ち付けてしまった。止まらぬ白濁が余す事なく、黒川の中に注ぎ込まれる。  快楽が一気に吐き出され、身体中の力が抜け落ちる。ベッドにへたり込みそうになる瞬間、ゴクリと喉が鳴る音が響いた。  「え!?飲んだの?」  「うん。濃いね。長崎くんの味がする」  「な...」  言葉を失う僕を見て黒川は「ごちそうさま」と、ニンマリ笑った。    ベッドで固まりながら、黒川がシャワーから戻るのを待つ。  ――勢いに流されて、僕は何をしてしまったのだろう。いや、されてしまったのだろう。  とは言え、久しぶりにむちゃくちゃ気持ちよかった。  溜息と共に軽くなった身体をベッドにゴロリと横たえる。  それにしても、あんなイケメンが何故に僕なんかに手を出してきたのか。いくら困ってるとは言え、あの容姿で相手に不自由する筈もないだろう。  悶々と一人考えあぐねているうちに、黒川がバスルームから湯気と共に出てきた。  備え付けのバスローブから除く引き締まった身体に、今更ながら目を背けてしまう。  「長崎くんも入ってくれば?さっぱりするよ」  本当にさっぱりした様な爽やかな笑顔に、居たたまれない思いで目を背ける。  「あの...」  「何?長崎くん」  「僕ばっかり申し訳ないというか...こんなにしてもらう謂れは無いので」  おずおずと差し出した数枚の一万円札を見て、黒川が小さく目を見開いた。  「足りないですか?今、これしか持ち合わせが――」  「長崎くん」  溜息混じりに、黒川が言葉を遮った。苛立ちを隠さない態度で、ベッド脇のソファーにドサリと乱暴に腰を降ろす。  「俺は見知らぬ人に同情する謂れは無いと言ったけど、お金を貰う謂れも無いよ。流石に失礼だ」  「...ごめんなさい。ただ、僕みたいな奴が人によくして貰う謂れも無いので」  「謂れ謂れ、うるさいな」  自分も言ったくせにという言葉を飲み込みつつ、キレる寸前の相手を前に恐縮してみせる。そんな情けない僕の姿を暫く観察していた黒川は、やがて何かを思いついた様に不適な微笑みを浮かべた。  「ねぇ、長崎くん」  「な、なんでしょう」  「君が俺に何かお返しをしたいという気持ちであるなら、良い方法を提案するよ」  「...提案とは」  「長崎くんの家に住まわせてよ」  「は?」  この綺麗な男は何を言い出しているんだ。訳が分からずポカンとする僕を後目に、黒川は続ける。  「俺を飼ってよ。長崎くんの逃げた猫の代わりにさ」    
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