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ごはんのこと 4
そうなのだ。最初の夜以来、黒川が僕にまともに手を出してくる事はなかった。寝る前に軽く頬にキスしてみたり、ふざけて抱きついたりはあったが、エロい空気を持ち掛けてはこないのだ。
ビッチなネコを公言されていただけに、何だか拍子抜けする思いだった。
「――長崎くん、溜まってるの?」
身も蓋も無い言い方に、更に頬が熱くなる。
「そういうんじゃなくて。その...食費も出してなかったし、何かしなきゃ悪いかなって思っただけで」
恥ずかしさで、思わず本意では無い言葉が口を付いて出る。そんな僕を黒川は暫しボンヤリ眺めると「長崎くんは、義務的な感じで俺とセックスするって事?」と、ガッカリした様に言った。
僕はしまったと、二度目の後悔をする。自己防衛が先に立ってしまって、相手を不用意に傷つけた。いや、黒川の寛容さに甘え過ぎた。
「ご、ごめん。何かしなきゃ悪いと思ったって言ったのは嘘です。むしろ、黒川さんが僕を求めてくれない事が寂しい気がしちゃって。でも、やっぱりまだ怖いのも本当で…。自分が受け入れられなかったらどうしようかと、受け入れられてもまた捨てられたらどうしようかと。そんな自分勝手な事ばかり考えてしまって。でも、君はやっぱり綺麗でいい匂いがして、触りたいなと思うのも本当で――」
支離滅裂な釈明の途中で、黒川がブハッと豪快に噴き出した。深刻な場面だと思い込んでいた僕は虚を突かれてポカンとしてしまう。
「長崎くん、めっちゃ喋るじゃん」
「え、だって失礼な事を言っちゃったし。黒川さんは気まぐれで軽いなぁと思う時も多いけど、僕を気遣ってくれるし。なんか、どうしていいか分かんなくなっちゃって...」
「長崎くんは正直だなぁ」
目尻に涙を浮かべながら笑う黒川は、僕の手を引くとそのままふわっと抱き寄せた。案外がっしりしたその胸の中で「ゴメンね」と言われて、僕はやっと自分が揶揄われた事に気が付く。が、嫌な感じはしなかった。黒川の悪戯に振り回される事が、僕は既に嫌いでは無くなっているのだ。
「ねぇ、長崎くん」
「はい...」
「俺の中に入るのが怖い?」
即答しない僕の背中をポンポンと優しく叩く黒川は「まぁ、無理はしなくていいんだけどさ」とボソリと零す。
性欲を優先させるとしたら、僕ははっきり言って黒川とセックスしたかった。しかし、怖いかと問われて、首を横に振る勇気もまた無いのだ。
受け入れられない事を前提に人との関係を断ってきた僕は、関係が深くなる事に対して極端に憶病になる。そんな僕が一歩を踏み出した先でリュウから受けたダメージは、そう簡単に回復するものでは無かった。
「俺がどんなに好きって言っても、長崎くんは信じてくれないの?」
「僕は僕なんかを好きになってくれる人が居る事が、むしろ不思議です。黒川さんを信じられないというか...多分自分が信じられないんだと思います」
「そっかー」と言って、黒川は僕の肩に項垂れて顔を埋める。
「やっぱり重症ですかね?」
「重症だね」
黒川はうーん...と暫く考え込むと「長崎くん、一つ提案」と、悪戯に笑った。
「取り合えず、二人で気持ちよくなろうよ。セックスまでいかなくてもいいからさ」
「え?」
「長崎くんと一緒に気持ちよくなってる俺をみたら、少しは安心したりしない?」
「それって――」
言いかけたところでポンと胸を平手で押され、そのままあっけなく床に押し倒される。何週間も掃除機をかけていないカーペットから、小さく埃が舞い上がった。
見上げる先には、天井の蛍光灯を後ろにした黒川の少し真剣な眼差し。
酒のせいで頬が紅潮しているのも相まって、いつもより緊張して見える。それを、僕は何だか可愛らしいと思ってしまった。
「――黒川さん、今もしかして真面目になってたりします?」
「俺、大真面目に長崎くん口説いてるつもりだけど」
「けど、僕...」
「言ったでしょ?いきなり入れなくていいからさ。けど、少しだけ俺の事を分かってよ」
抵抗を口にする前に、言葉が塞がれる。ぽってりと厚い黒川の唇が吸い付いてきて、それだけで意識がグラリと揺れるのが分かった。
気持ちいのが怖くて逃げたくなるが、黒川の長い手指が僕の両頬を容赦無く捕える。
そのまま口をこじ開けられ、熱くなった舌が侵入してきた。唾液塗れで上顎を擦られ、僕はあえなく声を漏らしてしまう。
「長崎くん、きもちぃ?」
軽く息を荒げる黒川の声が湿っていて、むちゃくちゃエロい。耳元で囁かれる度に、身体の芯にジンジンと熱が溜まっていく気がする。
「ねぇ、長崎くん、教えてよ。キス、気持ちいい?」
「――こんなん、気持ちぃに決まってる...」
「そっか。うれしいな」
無邪気な黒川の笑顔が可愛くて、思わず胸がぎゅっとなる。そんな隙間を逃さないとばかりに、黒川は僕の上に跨ったまま自身のシャツのボタンを外し始めた。
美しい鎖骨を包む皮膚は薄く、驚く程に真っ白だ。
フラフラと吸い寄せられそうになる手を寸でのところで抑え、代わりに視界をガードする。
これ以上は無理だ。踏み込んでしまったら抜け出せない、そしてまた独りで置いていかれたら...。
「長崎くん、何で顔隠すの?」
「ダメ。無理だって」
「なんで?」
「だって、そんな綺麗なの見たら我慢出来なくなる」
「いいじゃん。我慢しないでよ」
「......」
固く握った僕の手を、黒川が指先でコチョコチョと悪戯するように擦る。
「ねぇ、見て。長崎くん」
「無理ですって」
「お願い。見るだけでもいいから」
「――ッ」
駄目だ、欲に勝てない。
悔しさと恥ずかしさと性欲を頭の中でグチャグチャに混ぜながら、僕は半泣き状態で目を開ける。
その先にあったのは、神々しくもまんまとイヤらしい黒川の姿だった。
前を開けたシャツから露わになった肌はしなやかな筋肉に持ち上げられ、うっすらと汗ばんでいる。ジーンズの下で既に固くなった股間は、エッチな匂いをうっすらと部屋に漂わせていた。
「長崎くん、触って」
「そんな…見るだけって」
「いいから」
抵抗する間も無く手首を取られ、そのまま黒川の胸に掌を押し当てられる。
初めて直に触れるその肌は滑らかで、それでいて汗と共にじっとりとした熱を籠らせていた。
「長崎くん、分かる?」
胸に触れたままの僕の手首を、黒川が更に強く握って押し付ける。その顔は、さっきよりも更に紅潮していて息も荒い。
「これ…」
「そう。ドキドキしてるでしょ?」
掌を通して、心臓が興奮で強く脈打っているのが伝わる。皮膚の向こうで熱くなっているであろう黒川の臓器に触れてみたいという欲求が爆発しそうだ。
いつもフラフラと捉えどころの無い男が、高揚した身体の奥に僕を待っている。このまま逆に押し倒して、掻き回して、涎と体液でぐちゃぐちゃにして――。
本能が酷い妄想を掻き立てる。そんなの自分には似合わないのに。
「長崎くんのも固くなってるよ」
膝で股間を擦られ、腰から脳へと電気が駆け抜ける。
気が付くと僕は逆転するように床に黒川を組み伏せ、開けたシャツから露わになった乳首にしゃぶりついていた。
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