ごはんのこと 5

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ごはんのこと 5

 尖らせた舌で弾くように舐めると「くすぐったいよ」と笑われるが、次第に突起が固くなっていくのが分かる。自分がする事で、黒川の身体が反応しているという事実に興奮を抑えきれない。  いつもならしつこいかな?とか余計な気を回してしまうところだが、今の僕にそんな余裕は無かった。  「長崎くん、上手だね...」  あがる息の合間に微笑みながら、黒川は僕の髪を慈しむ様に優しく撫でさすった。それは何だか自分が受け入れられる行為の様に思えて、僕は黒川の身体にのめり込んでいく。  乳首を指先で捏ねながら、唾液に溢れた舌を下半身へと少しずつ沿わせる。粘液が糸を引いて艶めかしく光るその肌を、僕は心から綺麗だと思った。  右の腹筋の溝に舌先が触れた瞬間、黒川の腰が反る様に持ち上がる。絞り出す喘ぎ声が耳を熱く擽った。  「ここ、気持ちいいですか?」  「気持ちいよ。長崎くんの舌熱くてとけそう。ホラ、もうこんなんなってる――」  導かれる先の黒川の股間は既に固く頭を擡げていた。  興奮や充血、籠る熱――。そんな風に相手の本能に触れる事で、僕の中の雄が全身を支配していく。  獰猛な妄想は既に制御不能だ。しかし、息を荒げる身体の下で、黒川は尚も僕を煽ってくる。  「前がキツイんだけど、脱がせてくれる?」  伸ばされた手の甲で誘う様に頬を撫でられ、軽い眩暈を覚えた。  「失礼しますッ」乱暴にジッパーを引き下げ、ジーンズをむしり取る。  開けたシャツとボクサーパンツ一枚の黒川は、とんでもなくイヤらしいのに何故か神々しく濡れて光って見えた。堪能する様に見下ろしながら、飲み込む唾の音が抑えられない。  「俺、食べ物じゃないんだから」  余裕の無い僕を見上げて黒川が悪戯に笑う。が、そのノリに付き合ってなどいられない。だって、彼の言う通り、自分には余裕なんて無いのだから。  ボクサーパンツを引き下げて、溶け出す寸前のアイスを舐めるみたいに固くなったものを口に含む。ホント食べ物じゃないんだからと自分ツッコミを入れつつ、竿に滴る雫を舌で絡めとる。  「あ...」  頭上で黒川が喉を震わせる。その声に触発される様に更に舌を滑らせると、喘ぎ声と共に黒川の腰が高く持ち上がった。  両手で尻を割って強引に広げると、その先は冗談みたいに薄いピンク色の肉壁が露わになる。  キレイな人はどこまでもキレイなんもんだな――。  溜息を交えながら舌の先を尖らせて差し入れる。  「そこも...舐めるの?」  返事の代わりに、押し込んで搔きまわす。流れ落ちる黒川の先走りと僕の唾液が入り混じって中でグチャグチャと淫靡な音が響いた。  被せる黒川の喘ぎ声と湿度の高い匂いに追い立てられて、興奮が昇りつめていく。  気が付くと僕は、ズボンのジッパーを夢中でこじ開けて下着の中から完勃ちした自身を引きずり出していた。それを見越した様に黒川が「長崎くん、もう来てよ」と声を漏らす。  瞬間、封印していたシーンが頭を過る。   ――哲夫、もういいから入れろよ。  リュウの声だ。  それは、僕を待っている訳でも受け入れてくれる訳でも無い。  性欲?義務?作業?  いずれにしても、リュウの眼は僕を映してはいなかった。  急激に身体中の血液が冷えていくのが分かる。  茫然としながら、僕は黒川からズルリと身体を離した。  「...長崎くん?」  異変を察した黒川が不審げに起き上がるが、目を合わせる事が出来ない。  「ごめん、僕」  絞りだす様な悲痛な声に、黒川は優しく笑った。  「いいよ、最初に言ったじゃん。今日は一緒に気持ちよくなろうって」  「けど、僕もう...」  「あー萎えちゃったねぇ」  向かい合って座る黒川の視線が下に落ちて、居たたまれない気持ちになる。  「これはその...僕自身の問題で――」  「なんか嫌な事、思い出しちゃった?」  「はい。だけど、それは黒川さんには全然関係無い事なんで」  「けど、俺が思い出させちゃったんでしょ?」  「そんな――」  否定の言葉を唇でそっと塞がれる。  「ねぇ、長崎くん」  「...はい」  「セックスは二人でしようよ。あ、3Pじゃなくって意味じゃないからね」  「それは、分かりますけど」  「俺はさ、長崎くんに気持ちよくなって欲しいし、長崎くんに気持ちよくして欲しいんだよ」  「......」  言い間違いとはいえ、僕は黒川に義務的なセックスを口走った事を猛烈に後悔した。自分がリュウに同じように打ちのめされたのに、気が付かないなんて勝手なものだ。  「ねぇ、長崎くん。一緒にシようよ」  「え?」  呆ける僕を後目に黒川はふわりとほほ笑むと、居住いを正す様にして真正面に向き直る。そして、無残に引き出された僕の萎えたちんこを握ってきた。  「ちょっ、僕もう大丈夫なんで」  「俺が大丈夫じゃないんだって」  「あの...」  「長崎くんも、俺の触ってよ」  気が付くと、黒川の顔がすぐ近くにあった。  紅潮した頬と潤んだ瞳に吸い寄せられながら、言われるがままに手を伸ばす。まだ熱くて硬いままの黒川のそれは、僕の唾液をまとってねっとりと糸を引く。  視覚的な刺激が、再び下半身に血液を集める。  「長崎くんの、また固くなってきた」  「これは...」  「ねぇ、もっと近くに来てよ」  「あっ」  僕と黒川が粘液塗れで重なり合う。黒川の長い手指で一緒に扱かれ、背中に電気が走った。  「長崎くんも一緒に擦って」  我慢出来ずに手を添えるが、恥ずかしさで顔を上げられない。  黒川の身体にのめり込む事と、自分の快楽を晒す事はまた違う。それなのに僕は今、この美しい男の眼前で羞恥を露わにしているのだ。そんなの耐えられる訳ない。  「ねぇ、長崎くん。恥ずかし?」  「恥ずかしいですッ。だって、こんな近くに黒川さんが――」  「でも長崎くんのコレ、俺とキスして気持ちよさそうだよ。ダラダラ涎垂らしてる」  「――ッ」  「キスしようよ、長崎くん」  「え?」  「顔見えなきゃ恥ずかしくないでしょ?」  感情の収集がつかない涙目の僕に、黒川はどこまでも意地悪で優しい。  固く目を閉じて突き出した唇が、柔らかく肉厚な感触にそっと包まれる。  食いしばった歯を舌が割って入ってくるのが分かる。上顎の奥を絡めとられ、「んんッ」と漏れる声と共に僕はあっけなく射精した。  そして同じ瞬間、手元に別の熱を感じていた。    閉じた目を開くと、項垂れて呼吸を荒げる黒川の姿があった。  そっと下に視線を移す。と、互いの手に溢れる尋常じゃない量の精液。  「...黒川さんも、イッた?」  「イッたよ。めちゃめちゃ気持ちよかった。――長崎くんは?」  「めっちゃ気持ちよかったです...」  「そっか、良かった」  黒川がゆるりと顔を上げる。額から流れる汗は相変わらず艶めかしいけれど、満面の笑顔はこの状況に不似合いに爽やかで、僕は妙な達成感を覚えた。  「ね、俺が言った通りだったでしょ」  「え?」  「セックスは一緒にするから気持ちいいんだよ。まぁ、セックスには至らなかったけどさ」  「......」  終始、黒川のペースに巻き込まれた感はあったが、気持ちよかったのは本当だ。  自分本位でなく、相手に合わせるでもなく、一緒に曝け出して相手を味わい合う事。そしてなにより、黒川が気持ちよかったと言ってくれた事。  語彙力を諦めて表すとしたら、僕は今、単純に幸せだと思った。    どのタイミングで寝落ちしたのか覚えていない。が、十分に満たされた睡眠から押し出される様にして自然に目が開いた。  卵を焼く香ばしい香りが鼻を掠める。  ――そういえば、前もこんな事あったな。  そうだ、黒川がウチに転がり込んで来た翌朝だ。スタバがどーのと喧しく話しながら、ドンキで適当に買ってきたフライパンを振るっていた。  「あ、長崎くん、起きた?」  これもまたデジャヴみたいな笑顔で黒川が振り返った。  どこからどこまでが夢だったのだろう。寝ぼけた頭を巡らすも、ゴミ箱から溢れる大量のティッシュの山が昨夜の出来事を現実として物語る。  急に恥ずかしくなって顔を赤らめる僕の頬に、黒川が不意打ちのキスをかましてきた。  「なッ」  「だって、長崎くん全然起きてこないんだもん」  「――今ので、目が覚めました」  「それは良かった」  気恥ずかしい僕と違って、黒川はますます距離が縮めて接してくる。嬉しいけれど、イケメンでも陽キャでも無い僕はそんなに直ぐには順応出来ない。  「長崎くん、ごめんね」  「え?」  いきなり神妙に謝られて、浮かれた頭が殴られたような気分になった。  やっぱり昨日の事は無かった事にして欲しいとかだろうか。結局、僕になんか幸せが訪れる筈は無かったのだ。  決定的な台詞に備えて身を固くしていると、明後日の方向からのワードが飛んで来た。  「もうさ、白菜飽きたと思うんだけど」  「え...?」  「だから、白菜」  「白菜?」  「そう。昨日の豆乳に白菜入れたスープみたいの余っちゃってさ」  「はぁ」  「ホラ、俺たち途中からエッチな事になっちゃったじゃん?」  黒川は愉快そうにクスクス笑うが、僕は話の先行きが見えなくてポカンとしてしまう。  「だからさ、朝ごはんにも出しちゃっていい?」  「朝ごはん?」  「そう、食べるでしょ?」  「はい」  応えた途端、何故だか涙が溢れた。自分でも不意を突かれているのだから、黒川が動揺しない筈がない。  「ちょっ、長崎くん!?どうしたの?もしかして白菜嫌いで我慢してたとか?あ、卵はちゃんと焼いたから――」  「違うんです」  慌てる黒川をギュッと抱きしめる。  「...長崎くん?」  「残りものが嬉しいんです」  「え?どういう意味?」  「黒川さんと僕が、ちゃんと明日に繋がってるんだなぁと思って」  「長崎くん...」  そうなのだ。繰り返しになるが、リュウの料理には名前があった。毎回一度きりの食卓を彩る華やかな名前が。  リュウとの毎日には明日が見えなかった。いつプツリと終わってもおかしくない、そんな不安定な日々だった。  そして僕の不安は現実となり、リュウは突然いなくなった。それが当然であるかのように。  「ねぇ、長崎くん。俺、好きだって言ったでしょ?」  「――それはまだ信じられないというか、僕なんかを何でって感じですけど」  「強情だなぁ」  黒川が優しく僕を抱きしめ返した。子供をあやす様に背中をポンポンと叩かれ、心地よい声に身体を委ねる。  「時間がかかるかもしれないけど、俺は長崎くんと好き合って一緒に居られたら嬉しいよ。すげー単純な言い方になっちゃうけどさ」  「......」  「だからさ、毎日一緒にご飯食べて、一緒に寝て、お風呂はまぁ...狭いから別々だけど。そんで偶には、いや俺的には毎日でもいいんだけど昨日みたいにエッチしたりして、そういうのに二人で繋げていこうよ」  黒川の胸の中で、泣きじゃくる僕はうんうんと頷くのが精一杯だった。頬から伝わる穏やかな振動で、黒川が小さく笑っているのが分かる。  「長崎くん、餌付けされた猫みたいだ」      
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