他力本願寺

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 私はゆっくりと寺の中に入った。こじんまりとした寺のなかは、思ったよりはこざっぱりとして、そして、生活感がある。だが……本堂らしい間に通され、渡されたタオルで身体を拭きながら、私は、気になっていたことを老婆に尋ねた。 「あの?ご本尊は……?」 「ここは他力本願寺」 「え?」  思わず私の口からは変な声が漏れた。何だろう、この、まるで何かのふざけた冗談みたいな寺名は。  だが、きょとんとするわたしを置いて老婆は朗々とこの寺の説明を始めた。 「名前通りの寺じゃ。この寺のご本尊は他人様。つまりは、ここに来る誰かの他人様がこの寺の仏様じゃ。ここの寺は、自力ではにっちもさっちもいかなくなった人間が、他人様の力を借りて願いを成就しに来る場所なのじゃ」  私は呆然とした。なんと変わった教えだろう。私は思わず昔話の世界にでも引き込まれたかと思ったが、本堂のカレンダーは、いっちょまえに西暦、しかも地元の信金のものだ。  すると唐突に老婆が言う。 「さて、お前さんの望みは何じゃ。なんでここに来た?」  ……もう、吐き出してしまおうか。この老婆が信用出来るかは分からぬが、何しろ私には明日などはない身だ。私の一番の望みは……。
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