【PartA】成瀬茅乃/#A01-01.密やかな楽しみ

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 電子マネーは受け付けておらず、その男はいつもクレジットで支払う。近頃の人間に多い、現金を多く持ち歩かないタイプなのかもしれない。尤も男は、彼女よりも年上に見えるが。  商品を袋に入れ、手渡す。そして彼女は、そのとき見せられるとびきりの笑顔を作り、笑った。「ありがとうございました」 「ありがとうございました」  顔がいい男は大概声もいい。それに、礼を言うのはこちらのほうなのに、毎回男が礼の言葉を返すのも、彼女が男を気にする理由のひとつである。こころなしか、表情もにこやかに思える。男は――カフェに寄ることはなく、真っ直ぐ、帰宅するようだ。帰宅するとあの本を読むのだろう、と思った。
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