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本屋にしては比較的暇なので、カウンター席内で椅子に座り、時折客に目を配る、会計処理をする以外は、好きな読書をして過ごすことのある彼女であるが、――毎週金曜日、楽しみにしていることがある。時間が迫るとそわそわして落ち着かない気持ちになる。そんなときは――つい、本から目を離し、客を見ている振りをして、入り口のほうを、来ないか、来ないか……凝視してしまう。
(――あ。来た……)
「いらっしゃいませ」
入り口からその男が姿を現した。黒、というよりはグレーに近い色味のスーツを着ている。眼鏡をかけているが、目鼻立ちのさっぱりとした、綺麗な顔立ちの男だ。その男は真っ直ぐに文芸の文庫本のコーナーに立ち寄る。……うんうん今日は入荷してます! 全力で彼女は叫びたい心境だった。彼女の思惑通り、一冊を手に取った彼は更に、専門書のコーナーに立ち寄り、目を通してからといったふうに、レジへとやってくる。彼女は、書籍を受け取る手がふるえた。
「……935円です」
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