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リサーチも兼ねて三店舗本屋を回り、カフェで一息つく。――と、彼女は気づいた。『彼』だ。大きなカウンター席でノートパソコンを打ち込む彼は、彼女に気づいた様子はない。気づいていないのなら放っておこう――そう思いつつも、彼女は、彼の斜め前の席を選んだ。ドリンクはセルフ――ハンドドリップコーヒーを提供するゆえに、時間がかかり、会計後に番号札を受け取り、番号が呼ばれたら取りに行くシステムだ。
彼女が、彼に惹かれる理由――文壇であれほど輝かしい活躍を見せた作家、それがまるでいまは存在を抹消されたかのような扱い――日本の文学界に多大なる貢献をしたのにも関わらず――その作家の本を熱心に買うから。それに他ならない。
コーヒーを取りに行くと、彼女は彼を盗み見た。彼女という存在に気づかず、熱心にタイピングをする様子――見たことのない顔だった。また新しいあのひとの一面が知れた。嬉しい気持ちになった。
* * *
「成瀬さん。いつもありがとうねー」
翌日。仕事をしていると、無邪気な笑顔で言われてしまうのだからつい、彼女も笑ってしまう。「店長。今回は、どちらにいらしたんですか」
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