日陰な人生を送る私の前に、金髪バンドマンみたいな男が現れた

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日陰な人生を送る私の前に、金髪バンドマンみたいな男が現れた

 私の名は小田坂ゆりえ。十六歳の高校一年 。私は幼少の頃よりリア充とは対極の人生を歩んで来た。いや本当に。  周囲と平等に扱われたのは保育園に通っていた頃くらいだ。幼稚園になると、おませな園児は外見の良し悪しが分かり始める。  私の在席していたひまわり組の一番人気は ユリアちゃんだった。ハーフのユリアちゃんは、人形の如く可愛らしい女の子だった。  そしてひまわり組で一番のブスは私だった 。可愛いユリア。ブスなゆりえ。そう。運が悪い事に私とユリアの名前は一字違いなのだ 。  名をつけた私とユリアの両親を恨むべきか 。それとも一字違いの名前を利用して人の悪口を言う輩を軽蔑するべきか。  ひまわり組のさとし君がよく私の側に来て言っていた。 「おまえ、かわいいなあ。ゆり······」  そしてさとし君は通気性の良さそうな欠けた歯を私に見せニヤリと笑う。 「ユリア!あ!まちがえた!こいつはぶすのゆりえだった!!」  さとし君はお腹を抱え大声で笑う。ひまわり組の皆もそれにつられて大爆笑だ。よしこ先生だけが必死に止めなさいと火消しに奔走していた。  このユリアと言う美少女は不思議な娘だった。一度だけ私の家に遊びに来た事があった。それ以降、幼稚園で離れた場所からよく私をじっと見つめていたのだ。  私が不細工だから面白かったのだろうか?でも一度だけ、ユリアが私に近づき無言で私の手を握ってきた事があった。  まあ所詮幼児のする事であり、私はさして気に留めていなかった。それよりも。だ。  もうね。この頃から分かっていたの。否。強制的に気付かされた。私は世間で言う所のブスだって。しかも身体は小太り。  もうそれからは半ば私は人生を諦めていた。小学校。中学校。私がどんな学生生活を送ったのか容易に想像出来るでしょう?  幼稚園の頃より私は無い知恵絞って考えた。どんなに足掻いても、自分のこの容姿は変えられない。この先自分の寿命が尽きるまで、この顔と身体と付き合って行かなくてはならない。  その間、世間から私に降りかかってくる悪意と侮蔑から自分自身を守らなくてはならない。ふとテレビで見かけたのは女のお笑い芸人だった。  太った身体を揺らして、自分の容姿を笑いに変えるその姿に、私は少し救われた気分になった。  クラスでお笑いキャラになってみては?でも私には彼女達のようにお笑いの才能も無く、その逞しさも欠落していた。ではどうすれば自分を守れるか。  小学生の頃から私は少しずつ気付いていた 。他人はこちらが大人しくしていると、際限なくつけ上がり調子に乗ってくる。 「あ。こいつからかっても大丈夫な奴だ」  そう舐められた最後だ。からかいはその内に悪口に。悪口はやかで悪質なイジメに容易く変化して行く。  人間は醜く汚らしい。私は自分の外見が原因で、幼くしてそんな考えを持つようになった。そう。私はある種のトラウマを私は抱えてしまったのだ。  そんな時、テレビで見たアクション映画に私は天啓を受けた。その映画の主人公であるアメリカ人少年は、クラス自分に因縁をつけてくる相手を殴る蹴るの暴行で倒してしまう。  もう勘弁してくれと泣き叫ぶ相手を容赦無く蹴り続けた。翌日から主人公に手を出してくる者はクラスからいなくなった。 「······これだ」  私はテレビの中の少年を食い入るように見つめ続け、一人そう呟いた。こうして小学生だった私は、近所の子供空手道場に通い出した。  でも世の中はそんなに甘くない。小太りで運動神経が全く無い私にとって、道場の稽古は苦痛でしか無かった。  空手道場での私の扱いは学校と同じだ。グズでのろまで小太りでしかもブス。道場の子供達は陰口すら叩かず、堂々と私の悪口を本人の前で叫ぶ始末。  いや。もう。あのね。これ本当にいじめを苦に自殺するレベルじゃない?そう私は思いながら、それでも歯を食いしばり稽古を続けた。  そして運命の日が訪れた。あれは小学校五年生の時だ。私をからかう事が三度の飯より好きな男子三人が、何時ものように私の容姿に対し一通りの罵詈雑言を並べる。  ゴンッ。  その三人の男子の一人の顔に、阿呆みたいに毎日練習を続けた正拳突きを私は突き出した。  よろけた男子は後ろの机に腰を当て机と一緒に倒れた。男子は鼻から大量の鼻血を出し 、両目は涙ぐんでいた。  途端にクラス中がざわつき始める。それはまるで、私があの日見たアメリカ映画と同じ光景だった。  これで私の人生は劇的に変わる。子供ながらに私はそう歓喜していた。  ······だが、人生は私の好きなチロルチョコ程甘くなかった。翌日からの私は、クラスで完全無視される様になった。  日直などの業務連絡の為にクラスメイトに話しかけても、相手はそそくさとどこかに去って行く。  私が下校した後、クラスで緊急会議が開かれ私をクラス全員で無視しようとする議案が満場一致で議決されたのか。  若しくは暴力ブス女を皆で無視しようぜ的な空気を、クラスメイト達が暗黙の了解で感じ取ったのか。  どちらにせよ十一歳の私は学校で。クラスの中で孤立した。子供の頃の世界って大雑把に言うと家と学校だけだ。  私は自分の世界の半分を占める学校で一人になってしまった。それから中学卒業まで私は鉄拳女だの熊女などと陰であだ名をつけられ周囲から避けられた。  いや。もう。何だかね。一人で寂しかったんだけど、目の前で悪態をつかれるよりは気楽だった。  少なくともあの男子を殴り倒して以降、私に直接悪口を言う輩は居なくなったからだ 。中学生の頃、毎朝鏡で自分の顔を見ながら思っていた。 「いやもう。この顔整形しか無いでしょう」  私は別に両親を恨むことは無かった。一人っ子だったが、穏やかな父さんも母さんは私を優しく育ててくれた。  でも不思議だった。私は両親のどちらにも似ていないのだ。平凡な容姿の父と母から、何故私の様な顔を持った子供が産まれたのか 。 「それもこれも。全部神様のせいよ。神様の馬鹿野郎!!」  そんな春の午後の帰り道、私は我慢しきれずに公園の前でそう叫んでしまった。高校に入学し一ヶ月。  早々にクラス内から非友好的な視線に晒されいる私は、既に高校生活も諦めていた。  すっかり桜の葉から青葉に衣替えした木々は、私の大声に怯んだ様に風に揺られ音を鳴らしていた。  そして帰宅し自分の部屋の扉を開けた。その瞬間、私の運命の歯車は回り始めた。  最初は直ぐにその状況を理解出来なかった 。誰かが私の六畳間の部屋に寝転がって雑誌を読んでいた。  ······え?誰?この人?それは、赤いジャージ姿の男だった。長い金髪の髪。茶色いサングラス。細身の長身。  手にしている雑誌の表紙には、半裸の若いグラビアアイドルがポーズを取り笑顔で私を見ていた。だ、誰よこのバンドマンみたいな男?  従兄弟の来客予定でもあったけ?いや待て私。私に会いに来る従兄弟なんてこの世に存在しないわ。  じゃあ誰よこの金髪男。はっ!まさか空き巣!?私は素早く自分の机に視線を移す。幸い机は荒らされている様子は無かった。  あの机の三段目の引き出しには、私の命より大切なポエムの日記が保管されていたのだった。  金髪の男が私を一瞥すると、だるそうにゆっくりと立ち上がった。それと同時に、私は六十キロの体重を拳に乗せ正拳突きを男の顔面に叩き込んだ。 「ぶあぁっ!?」  茶色いグラサンが吹き飛び、金髪男は後ろにあったベットに倒れ込む。私は第二撃目を放つ為に姿勢を低く保つ。 「痛ってーな!いきなり何すんだこの暴力女 !信じられねぇ!初対面の相手を殴るか普通 !?」  ベットに倒れながら、金髪男は鼻を片手で押さえながら私に抗議する。その手は血に染まっていた。恐らく鼻血が出ているのだろう 。  ん?この金髪の男。よく見ると端正な顔つきをしているわね。はっ!駄目よ私!空き巣が幾らイケメンだからって油断しては! 「あんた誰よ?空き巣ならとっとと自首しなさい!」  私は構えを崩さず涙目の金髪男に通告する 。男は机の上に置かれたティッシュの箱から、乱暴に何枚も紙を掴み取る。 「空き巣?救いの神に対して何を失礼な事言ってんだこの暴力女!!」  ······「暴力女」聞き慣れた私への侮蔑の言葉に、私の心は一瞬痛んだ。だが、直ぐに私は意識を目の前の訳が分からない事をほざく男に向ける。 「救いの神ですって?アンタ酔っ払い?それとも変な薬でもやって······」  私が言い終える前に、金髪の男の姿が忽然と私の前から消えた。後ろに気配を感じた私は小太りな身体を動かし猛然と振り返る。  そこには、ティッシュを丸めて鼻の中に入れている金髪男が立っていた。 「······ど、どうして?いつの間に私の後ろに?」  私が動揺の声を上げると、金髪男は私を睨みながら返答する。 「言ったろ。救いの神だって。俺の名は六郎 「理の外の存在」って名の組織の者だ」  ······ろくろう?理の外の存在? 「小難しく考えるな。神様みたいな存在だと思えばいい。ここまでいいな?要件を言うぞ 」  え?いやいや。ここまでいいかって。全然良く無いんですけど?勝手に話を進めないでくれる? 「小田坂ゆりえ。あんたはこちらの手違いで その容姿になっちまった。その救済措置として俺が派遣された」  はい?手違い?救済措置?派遣?何言ってんのこの鼻血金髪男? 「要するにだ。アンタは神様のミスでその顔に生まれたって事だ。本来なら別の容姿で生まれる筈だった」  神様のミス?本来なら別の容姿?な、何言ってんのコイツ? 「救済措置の条件を言うぞ?この条件を満たせば、アンタは晴れて本来持つべき顔に戻れる」  条件を満たす?本来の顔に戻れる?ひとっつも分かんないだけど?  「小田坂ゆりえ。アンタのクラスメイト。鶴間徹平をアンタが口説き落とす。それが本来の姿に戻る為の条件だ」  六郎と名乗った金髪男が、もう片方の鼻の穴にテッシュを丸めて入れる。突然人の部屋に不法侵入したこの男が口にした名は、クラスでナンバーワンの美少年の名だった。 〘人は出会うべくして出会う。人生に無駄な出会いなど一つも無い。私は図書館の片隅に置かれていたその本の珠玉の金言に支えられ、今日までその生を全うしてきた。  そう。人生に無駄な出会いなど無いのだ。全ては運命であり、それから目を背けてはならない。  私はそう頷きながら、音楽ショップで一目惚れし、ジャケ買いした一度も聴いた事の無いイケメンシンガーの端正な顔をいつまでも眺めていた〙           ゆりえ 心のポエム        
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