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little star
「星くん……転校するの?」
あと半年もしないで卒業なのに、この時期に転校……?
「あはは、バレちゃった。言う気無かったんだけどな〜」
窓から入ってくる夕日がどんどん沈んでいくように見えるぐらい、私と星くんは長い間沈黙し続ける。
「……みんなには内緒にしてね?」
星くんは意地悪な笑顔を私に向けて帰っていく。
お兄ちゃんからのお下がりの制服は星くんの体に全然合ってなくてだぼだぼでぼろぼろで、スクバはあっちこっちに傷がついてて綻びだらけで、いつもと変わらない星くんの後ろ姿のはずなのになんだかいつもと違う気がするのは、きっと私だけが感じていること。
星亜玲くん。
学期ごとにしか席替えをしない私たちのクラスで、二学期という一番長い期間隣の席になった男の子。
「おはよう筒井」
「おはよう星くん」
「じゃあね筒井」
「じゃあね星くん」
朝と夕方、私たちは必ずあいさつをする。別に特別仲がいいわけじゃないけど、いつからかあいさつをする事が私たちの日課になった。
「筒井〜教科書忘れたから見せて」
「いいよ」
星くんは授業が大っ嫌いでいつもスクバは空っぽ。私はいつも星くんとの机の間に教科書を広げて、教科書に落書きしてくる星くんの邪魔をする。毎日毎時間、同じことを繰り返した。
「きら星、今日部活終わったら公園で遊ばね?」
「いいね、他にも誰か誘う?」
星くんは仲のいい友達からきら星ってあだ名で呼ばれてる。
苗字が星で背が小さいのがきらきら星の歌詞にぴったりで、きらきら星、略してきら星という経緯であだ名がつけられたらしい。星くんはきら星というあだ名が好きじゃないみたいだけど、友達たちは変わらずきら星と呼び続けている。
「筒井ってさ〜」
星くんはお喋りがとても好きで、授業中でもお昼休みでも放課後でも私によく話しかけてくれた。
私はあまり人と話すのが得意じゃなくて、星くんと隣の席になった時は怖かったけど、優しく話しかけてくれる星くんとどんどん仲良くなれた。
「星くんって小学校の時に水槽割ったとか天井に穴開けたとか、木の上にツリーハウス作ったとかって聞いたことあるけど本当?」
同じ小学校だった星くんの噂はよく聞いてた。同じクラスになったことは無かったけど、星くんはよく噂になってたから一方的に知ってた。
「ツリーハウス結構上手に作れたのに冬になって葉っぱ落ちちゃったからバレちゃって、あれは力作だったから悔しかった」
私が馬鹿みたいって笑うと、僕たちは大真面目にやってたの! なんて星くんが言ってきた。
星くんは私とは全然違う。友達がたくさんいて、お喋りがとても好きで、運動が得意で、先生に怒られてもいつも慣れてて。
私はそんな星くんに憧れ始めた。そして、その憧れが好きに変わるのに時間はかからなかった。
好きな人が隣の席にいて、好きな人があいさつしてくれて、好きな人と同じ教科書で授業を受けて、好きな人がいつも話しかけてくれた。
星くんは私の初恋相手。星くん以外を好きになったことなんてなくて、恋ってこんなにも楽しいものなんだ! そんなことを思っていたのに、一瞬で恋は楽しいものじゃなくなった。
恋が楽しかったときは、いつか苗字じゃなくて名前で呼んでもらえたら、いつか二人で出かけられたら、いつか付き合えたら。幸せな妄想ばかりしていたのに、今はそんなこと考えられない。
だって、星くんは転校しちゃうから。
「おはよう筒井」
「……おはよう星くん」
星くんはいつもと変わらない。あいさつをしてくれて、教科書忘れて、お喋りして。本当に何も変わらないのが虚しい。
私はあれからたくさん悩んで考えて、いつもと違うのに星くんは何にも気にしてない。私だけが星くんのことで悩んでるのが、とてつもなく虚しい。
星くんは私のことを友達だと思ってる。聞かなくてもそのことに気付かされる。
いつ転校しちゃうの?
声に出して聞いたら他の人にバレちゃうから、教科書の端っこに書いて星くんに聞いてみる。
二学期が終わったら引っ越す。
中学三年生の三学期から別の学校に転校するって……私だったら泣き叫んで嫌がってしまう。
嫌じゃないの?
星くんがあまりに落ち着いてるからそう書いてみる。
嫌だよ。すごく嫌。僕はこの学校でみんなと卒業したかった。
星くんの顔は困ったように笑ってる。
「この話は終わり! 文字で話すのって疲れちゃうね〜口でもっと楽しい話しようよ」
次の日も、そのまた次の日も、次の週になっても、星くんは変わらない。
本当に何にも変わらない。いつも通りの星くんのまんま。
このまま転校しちゃうの? このままもう会えなくなっちゃうの? 私の気持ちは落ち込むばっかり。
ただただ落ち込むだけで何もしなかったら、気がつけば十二月半ば。星くんが転校するまであと少ししかない。
星くんに伝えたいことはたくさんある。たくさんありすぎて何を伝えればいいのかわからないし……そもそも私は人に何かを伝えるのが得意じゃない。
告白する? そんなことできない。そんな勇気もってない。出せない。
でも、何にも伝えずにこのままお別れなんて絶対に嫌。好きって気持ちは伝えられなくても、思ってることの一割でもいいから星くんに私の気持ちを伝えたい。
それに、ただのクラスメイトじゃなくて、星くんの記憶に残る友達になりたい。
少しだけ、勇気を出したい。出さなきゃ。
苦手とか得意なんて関係ない。今の私はやらなきゃいけない。
お母さんからもらったお守りをぎゅっと握りしめて、目をつぶる。
「神様お願いです。私にほんの少しだけ勇気をください。私の気持ちを伝えられる勇気をください」
ここは私の部屋。神社とかじゃないから、私のお願いが神様に届くかなんてわからない。
それでも、声に出したらなんだか勇気を出せる気がしてきた。
「おはよう星くん」
「おはよう筒井」
いつも星くんから挨拶してくれけど、今日は私から。
挨拶をしてすぐ体育館に移動して校長先生の長い話を聞いて教室に戻ると、先生が今日で星くんが転校するということをみんなに伝えた。
星くんは本当に誰にも言ってなかったらしく、みんなすごく驚いて星くんの周りに集まる。隣の席にいる私は大勢が怖くて小さくなってたけど、みんながいなくなった瞬間によしっと小さく気合を入れて星くんに話しかける。
「星くん」
「なに?」
星くんはみんなからの質問攻めにへとへとに疲れたみたい。机に突っ伏したまま、顔だけ私に向けてる。
「あのね」
心臓がどくどくうるさい。ピアノの発表会より、みんなの前で話す時より、今までで一番緊張してる。
「星くんが転校した後も……仲良くして欲しいの」
勇気を出した。
最初の言葉が出ると、その後は思ってたよりすらすらと言葉が出てくる。
「星くんと隣の席になってすごく楽しかったの。教科書二人で見たり、お喋りしたり。私は人と話すのがあんまり得意じゃないのに、星くんと話すのはすごく楽しかったの! だから、学校が離れても仲良くしたい……なって」
教室は騒がしい。騒がしいはずなのに、周りの音は何にも聞こえない。
星くんが転校するって知った時と同じで、とても長い時間が過ぎてるみたいに思える。
「筒井の住所教えてよ」
「……えっ?」
「ほら早く! この紙に住所書いて」
星くんが渡してきたノートの端っこに名前と住所を書く。
「書いたよ」
「ありがとう。引っ越したらすぐに筒井に手紙書くから、そしたらちゃんと返事書いてね」
星くんは高校に入ったら携帯買ってもらえるから番号教えるね! なんて明るく言ってくれる。
星くんが私に手紙を書いてくれる、そのことが頭の中をぐるぐると回る。
「筒井〜? 大丈夫?」
「あっ、うん……大丈夫!」
好きな人が私のために何かをしてくれる。その事実が嬉しくて嬉しくて、今にでも飛び跳ねてしまいそう。
「あ、とね……もう一つお願いがあるんだ」
「なんでも聞くよ」
大丈夫。今日の私はいつもより勇気を出せる。さっきほど心臓はうるさくない。
「亜玲くんって……呼んでもいい?」
恥ずかしくて下を向いていると、星くんの明るい声が聞こえる。
「もちろん! じゃあ僕も星菜って呼ぶね」
星くんが私の名前を知ってた。
自分には似合わない名前だってずっと嫌いだった名前だけど、星くんが呼んでくれただけで自分の名前がすぐに好きになった。
「じゃあね星菜! 手紙待っててね」
「うん……! じゃあね亜玲くん!」
亜玲くんが友達と一緒に教室を出た瞬間に、顔を真っ赤にして机に突っ伏してしまう。嬉しすぎて顔がものすごいことになってるはず。こんな顔誰にも見られたくない。
落ち込んだり悩んだりすることもたくさんあるけど、やっぱり恋ってとても楽しいもの。
私の初恋がいつか叶うといいな。そんな希望で胸をいっぱいにして、私も教室を出た。
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