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HERO その1
「こんな風に二人で一緒に歩くの、久しぶりだよね…」
「そうだな…」
「お互い、大学卒業して就職して…あっという間に3年過ぎちゃって…」
「うん…」
「住んでいるのは、同じ街なのにね…会うどころか、電話も間遠になってきて…」
「…悪かったって…思ってる…」
広い河川敷には歩道も整備され、その歩道から川に向かって広がる敷地にはグラウンドも幾つか点在している。
夏はとうに過ぎてしまった。
目に映る空には、もう、勢いよく重量感が感じられる入道雲の姿はない。
あるのは、秋が来たことを告げる高層でたなびく筋雲だ。
歩道の脇に生い茂る草も夏の暑さに疲れたように元気がなく萎れ気味のように見える。
グラウンドの一つからは、野球チームの練習だろうか。
大きく互いに声を掛け合う声が、あたりに響いている。
誰かが、後逸でもしたのか。
罵声に近い声も飛んでいる。
「もう、いいよ…仕事が凄く忙しいんでしょ?」
「……あぁ」
二人して、どことなく夏の名残のような気怠さを感じる暑さに引きずられるかのように、口が重くなる。
こうして二人で一緒に、こうして休日の午後に、こうして肩を並べて共に歩いていること…、どれほど待ち侘びていたかというのに。
今日まで、二人で共に過ごすことも、共に話すこともできず。
その為に必要な時間が取れずに無為に時間が過ぎ去ってしまったというのに。
ただただ、言葉にしたい想いが言葉に昇華する事が出来ないまま、二人の間に横たわっていく。
「…あ…」
「…え?」
固まっていた空気が、小さく震えた。
彼女は、横を歩く彼に顔を向けた。
「…風船…だ」
「ふう…せん…?」
丁度、太陽に向かう方向で眩しさから彼女は目を思わず細める。
強く射し込んでくる太陽の光が、彼女の視界を一瞬にして真白の世界に変えてしまう。
「あぁ、風船だ…!」
「…え?ちょっと!」
彼女よりも背の高い彼の視界には、太陽の眩しさも自らの視界を遮るものにはならなかったか。
陽光の欠片が目に刺さったままの彼女の目には映っていない風船に向かって、彼は徐に走り出した。
このまま、置き去りにされそうな気がして彼女は途端に、心が苦しくなった。
幾分、太陽光の残像が薄らいできたのを感じて、彼女は、一心に彼の背中だけを見つめてその背中を追いかけた。
時折、風船の行方を確認しながら走っているのに、走る速度は全速力の彼。
平均以下のタイムしか持たない彼女との差は、みるみるうちに広がっていく。
必死に走っているのに、追いつくどころか、どんどん引き離されていく。
そのことが、走ることで乱れる呼吸を更に苦しくさせる。
知らぬうちに、額にうっすらと浮かぶ汗だけでなく、目尻までが湿り気を帯びていく。
こうして開いていってしまう距離が、まるで、今の二人の心の距離のように思えた。
【その2に続く】
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