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ベルドリヒの遺骸は秘密裏に処理され、急病に倒れたベルドリヒが三ヶ月後に没する手はずとなった。
今は替え玉が王の寝所に行き床についているふりをしている。
急ごしらえにしては準備が良すぎる手続きに、ギゼラは今更ながらこの計画がいきあたりばったりではなかった事を思い知った。
ギゼラの仕事には果たして意味があったのだろうか。
この事変の当事者であるギゼラとギュルカンは、王宮にある湯殿を借りてさっぱりと全身に付着した汚れを落としていた。
「はーサッパリした!いやあ疲れた疲れた」
「あああああ久々のお湯気持ぢよがづだぁ……」
「二人とも、これを飲むといい」
王族の私的な客間で、ほかほかと湯気を立てながらソファでバターのように溶けている二人に、クリストフは翡翠色の液体が入った硝子瓶を渡した。
「上級ポーションだ。ギゼラ殿には負担を掛けた詫びとして王医の治療も保証しよう」
「これは高待ぐ⋯⋯いや絆されるな私!死にかけたんだ!」
「お互いよく生きてたねえ」
「どこがお互い⁉ バイト代弾んでよ。私に直接的な利がある奴で」
「勿論!僕に好きなことを命じてくれ、僕の全力をもってして叶えてみせるよ」
「よーし言ったね? クリストフさん聞いてたね⁉ 言質は取ったね⁉」
「⋯⋯ああ。しかしいいのかギゼラ殿」
「何がです」
「ギュルカン、このままだと命令を遂行するとか何とか言ってあなたに着いていくぞ」
「うっわァァァ却下‼ ギュルカンに命じる!絶対着いてくんな!」
「それはレディに直接的な利がある訳じゃないでしょー」
「あるあるめっちゃある、私の心の平穏!」
「そういうマイナスをゼロにする利じゃなくて、もっとこうね、得する事を考えてよ!例えばほら、旅の相棒が増えるとか」
「やだぁぁぁ着いて来る気しかない奴やだぁぁぁ⋯⋯村に帰りたい。そろそろ村に帰りたいから着いてこないで」
めそめそと泣き始めたギゼラにクリストフは肩を叩いた。
「こういう奴なんだ。目をつけられて同情するよ」
「同情するなら引き取って⋯⋯」
「断る。何せギュルカンにはここで死んでもらわなければならないからな」
「え」
クリストフはポーションを飲んでご機嫌のギュルカンを横目に見遣った。
「⋯⋯クリストフー。コレなんか苦いんだけど。何混ぜた?」
「ああ。常人なら一時間で死に至る毒を」
「え」
ギゼラが焦りながらギュルカンの座っているソファを見る。
だらりと下げられた腕。
転がる硝子瓶。
複雑な模様の毛織物にはポーションの残りが溢れ、染み込み始めていた。
「⋯⋯なに、してるんですか」
クリストフはこともなげにポーションの瓶を拾った。
「この毒を魔力あるものが飲むと仮死状態に陥る。しかし一定量の魔力があれば息を吹き返す。王家の成人の儀に用いられる秘薬だ。我々はこの秘薬を使い、代々魔力持ちの血を保ってきた」
「それを何でギュルカンに⋯⋯?」
ギゼラはそう言いながらも、指先一つで羊皮紙の束を燃やし尽くしたギュルカンを思い出していた。
「そういうことか」
後から思えばということはいくらでもある。
いくら貴族とはいえ、あれだけ多量の魔石を持ち歩けるものなど王族でもそうそうない。
夜会の時でも、ギゼラの魅了の効果が出ていなかったのはこの二人だけだった。
ライツェンタールの効果は魔力持ちには薄いのだ。
知っていたのに、気がつくべきだったのに、ギュルカンというぶっ飛んだ性格がそれを見えなくしていた。
「魔石のブレスレットも目隠しか⋯⋯最後までとんでもないもの隠してたな、この男。ところでこの毒、クリストフさんもこれを飲んだことが?」
「ああ。王族の決まりだからな。エーミールは来年だが⋯⋯どうなる事やら。あれは父親に似ている」
ギゼラは、やたら魔石に固執していたベルドリヒ前王を思い浮かべた。
あの人間、秘薬で死にかけた事があったのかもしれない。
「一回死なせるのは何故なんです?」
「────もしこれを飲まないでいたら、今後王家はギュルカンを飼い殺すだろう。俺の私情は挟んでいられん。人造魔石の製造方法は、今やこいつの頭の中にしかないのだから」
「⋯⋯」
「あの牢獄で残りの生を過ごす位なら、こいつは死を選ぶだろうと思っただけだ。その手間を省いてやった」
「理論が無茶苦茶だ‼この国のトップ怖い⋯⋯サイコ過ぎる⋯⋯」
「もし再び息を吹き替えす事が出来たら何処へなりとも行けと伝えておくよ。棺桶にはあの世の渡し賃を少し多めに置いておく。さて、ギゼラ殿」
「! まさか私のポーションにも異物混入を‼」
「いやいや、それはないから安心しなさい。秘薬を飲んでから目覚めるまで、最短でも三日はかかるのだが」
「は、はあ」
「猶予は三日だ。ギュルカンほどではないが、僕は君にも少しは親しみを感じていてね」
クリストフは意味深なウインクをした。
「⋯⋯そういう事!さっすが頭のキレるこの国のトップですね!ありがとうございます!」
「え、ちょっと‼」
そう言うが否や、ギゼラはポーションによって全回復した身体能力を惜しみなく使い窓から飛び降りた。
カーテンの揺れる窓の外には、ギゼラお手製の金属縄が揺れていた。
猶予は三日。
ギュルカンを撒くには十分な時間だ。
「無事故郷まで逃げられる事を祈っている。⋯⋯が、あの指輪。まだ外していなかったようだが大丈夫かな」
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