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結局何も結論は出なかった。二人がふらふらした独り者であることも、再就職をしたところでそんなに収入が増えないことも、すぐには解決できない問題だ。それでも慎二は、この前緑の話を聞く前にあった漠然とした不安な気持ちがどこかにいっている事に気づいた。今日もこの喫茶店でコーヒーを飲みながら、今のコーヒーの香りをまとう緑も好きだが、ヒョウの柄のニットを着る緑も見てみたいと思った。コーヒーがこの店で飲めて、塾の生徒が一点でもよい点を取れるような授業ができれば今のところは上々だと慎二なりの見通しを立てた。
昨日の慎二の話は人によったら、頼りない男だ、もっと安定した立場の男性を探せと言うのだろうと緑は思った。確かにこの年の女と付き合って、「結婚願望あったらどうしようかって思ってた。」と言われてうれしい気持ちにはならない。別に何か主義があって独身でいるのではなく、人並にウエディングドレスへの憧れもあった。でも正直な気持ちを打ち明けてくれたことがうれしかったし、それに親以外の他人が、自分の話を聞いてくれる事もこの年になるとそうないものだ。安心できる客観的材料は何一つないが、なぜか不思議と安心した。緑は今日もマスターの入れるコーヒーはいい香りだなと思いながら、いつもの席に座る慎二にコーヒーを差し出した。
何一つ確かなことはないけれど、今このコーヒーが素晴らしい一杯であることだけは、確かだと二人は確信していた。
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