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Chapter.15
風呂上がりの飲み物を取りに冷蔵庫へ向かう黒枝の姿を見た青砥が
「ちょっとぉー、黒枝くーん」後姿に声をかけた。
「なにー?」冷蔵庫から牛乳パックを取り出しつつ黒枝が返答する。
「もうちょっと気ぃつかった格好したらっていっつも言ってるでしょお?」
黒枝はグレーのスウェット上下にスリッパを履いて、肩からフェイスタオルをかけている。中身が世界的トップモデルということを足したとしても、正直ダサい。
「えーやん別に、家ん中やったら。男しかおらんのやし、誰が見てるワケでもないんやしさー」コップに牛乳をつぐ黒枝に、
「カリンちゃんがいるようになったでしょー?」青砥が名指しした。
「へっ?」急に振られた華鈴がすっとんきょうな声を上げる。
「『へっ?』ってなってるやん。見てへんやん。恥ずかしいわ」苦笑する黒枝に
「急やっただけでしょー。外出着はオシャレにしてんのに部屋着ダサいって……」青砥はガッカリ感を隠さない。
「ギャップやろ」言って口の端を上げ、黒枝はニヤリと笑う。
洗いざらしの髪はボサボサなのに、ドヤ顔がサマになってしまうのは、さすがトップモデルという風情で。
しかしやはり服装はダサく、その風貌は気を使っているとは言い難く……。
「そういうのはギャップやなくてズボラって言うのよ」青砥が食い下がるが
「外出るときはちゃんとしたカッコしてんねやからえーやん!」黒枝も受け入れようとはしない。
「もー、いっつもそれやわ~」諦めた青砥ががっくりとうなだれた。
「別にイエん中やしええやん。なぁ?」
黒枝が同意を投げた先にいたのは華鈴だ。
「えっ、はい。服を着ていただけていれば、それでもう……」
少し前の出来事を思い出して、華鈴が答える。
「服着てへんヤツなんかおる?!」華鈴の言葉に驚く黒枝へ
「赤菜くんやろ」一緑が冷静に答えた。
「あぁー。あとコイツか」牛乳が入ったコップ片手に、黒枝が紫苑を指すと、それを見た華鈴が薄い苦笑いを浮かべた。
「ちゃうんやって、あれは。うっかりしててんて、ゴメンって」
紫苑は顔の前に手を立てて謝る。
「いえっ、こちらこそお気遣いいただいてすみません……」
「まぁコイツはただの無神経やけど」華鈴をフォローするように言った黒枝の言葉に
「大きなお世話やわ」紫苑が反論する。
「マコトはアレ、確信犯やからな~」黒枝がこの場にはいない赤菜のことを言い出すと、
「タチ悪いよなぁ」紫苑が顔をくしゃりと縮めてつぶやいた。
「俺がおらんときになんかされたら、大声で誰か呼んでよ? ここんち誰かしらはいつもおるからさ」心配そうに言った一緑に
「キイロとかキイロとか」
「あとキイロとかな」
黒枝と青砥が言い合って、皆が笑う。
「キィちゃん、今日は打ち合わせゆうて出てったけど、予定がない日は外出ぇへんもんなー」橙山が天井の向こう側、二階を見て言った。
「締切よーさん抱えてんねやろけどねー」青砥も天井を眺めて言う。
「本よーさん出てるぽいもんな」黒枝が牛乳を飲み干して「あっちで日本のニュース見てたけど、けっこう発売のニュース見たで」コップを片付けにキッチンへ移動する。
「家にこもってる割に太ってへんし、筋肉もほどよくついてんのよなぁ」
橙山が自分の腹をさすり、口を尖らせる。服の上からでもぽこりと出てるのがわかる腹部が愛らしい。
「オレがたまにトレーニングつけてるからな」紫苑が自分の足の指を揉みながら言った。「オレの部屋の機材、たまにつこてんで、あいつ」
「あ、そーなん? プロから指導受けたらそら筋肉もつくわ」
「お前もやる?」
「やらん」紫苑の問いに橙山が秒速で答えた。
「答え早いって。最近また腹出てきたやろ」言いながら紫苑が橙山の腹をさする。
「えぇねん。チャームポイントやねんから。ところでさぁ」橙山はあからさまに矛先を変え「黒枝くん、晩飯みんなと一緒に食う?」コップを洗って戻って来た黒枝に向けて首をかしげた。
「食う食う。あっち、別にまずくはないんやけど、日本食高くてさぁ」ソファに座りながら黒枝が悲しそうな顔を見せた。
「んじゃ、和食がえっか」明るく言う橙山に
「寿司食いたい。回らんやつ」黒枝が答える。
「あぁ、ええなぁ。キイロもちょうどおらんし」
紫苑の言葉に華鈴が疑問符を浮かべると、
「キィちゃん、生魚食べられへんのよ」一緑が説明を加える。
「意外と偏食なんよねー」青砥が少し困った顔をして付け足す。
「回らん寿司でこの人数はキツイかなぁ」橙山がリビングにいるメンバーを見回す。
「カウンターは無理そうやなぁ。店占領してしまう」紫苑も橙山の意見に乗る。
「宅配にするー?」一緑が提案すると
「そんでもええよ。あれって職人さん握ってくれんねやろ?」黒枝も賛成した。
「回転も握ってくれるけどイヤなん?」
「ちょっと落ち着いて食いたいねん」橙山の質問に黒枝が答えると、
「あー、やったら宅配にしよ」橙山がにこりと笑う。
「じゃあ俺探すよー」
黒枝の了承が得られたところで、一緑がカーゴパンツのポケットからスマホを取り出した。
「眞人くんはお寿司でええのかな」橙山の疑問に
「俺あいさつがてら聞いてくるよ」黒枝が立ち上がり、二階へ移動した。
一緑が黙々とスマホを操作していると
「いのりん、食べるん好きやから美味しいとこよー知ってるんよ。パシッてるわけじゃないから、安心してね?」橙山が華鈴に向けて言う。
「え、俺パシられてたん?」
「いや、やから“ちゃうよー”ゆうたやん」
「いや、それ言うん逆にアレやろ」
「もー。あー言えばこー言うの典型やなー」
一緑と橙山が言い合って、ひゃひゃひゃと二人で笑う。
「マコトもお寿司でいいってさー」
二階から戻ってきた黒枝がリビングに向かって報告する。
「おっけー」一緑はそれを受けて、スマホの操作を再開した。「久しぶりなんやったら、ちょっとええ店にしよっか」
「あー、ええね」黒枝が一緑の提案に賛同して「候補いくつかあんの?」一緑の横に座るとスマホの画面を覗き込んだ。「あ、ここ旨そうやない?」パッと笑顔を見せて、黒枝が画面を指さす。
「メニューはこんな感じやって」一緑がリンク先を表示させると
「あー、ええやんええやん、ここにしよ」黒枝が嬉しそうに頬を赤くする。肌が白い分、高揚がすぐ肌色に影響するようだ。
メニューの詳細を黒枝と話しつつ、ほどなくして一緑がスマホの画面を閉じた。「三十分くらいで着くってさー」
「わーい」
「やったー」
青砥と橙山が口々に喜びを表現する。
「クロとカリンちゃん抜かして、あとで割り勘なー」
青砥が言って、割り勘メンバーが「はーい」と答える。
「え? ええよ、出すよ」
「私も……」
「いいよ。カリンちゃんはまだ学生さんやし、黒枝くんはお疲れさま~ってことで」青砥と
「無事に帰国したお祝い?」橙山が言った。
「ありがとうございます」華鈴がお辞儀をして、
「そお? じゃあ今度なんかあったら多めに出すわ」黒枝も嬉しそうに受け入れる。大きく伸びをして「いや~、ウチ帰ってきたって感じやわ~」リビングを見渡した。
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